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【SF小説】過去から届け物をしてくれた

 おそらく確か渋谷で落としたはずのスマホが、なぜか次の日曜日の夕方に家のポストに入っていた。

 一瞬嬉しくて、その後すぐに恐怖感が襲ってきた。

 スマホの中の住所を見られた。
 その人が届けたんだ。
 面倒くさいのでパスワード設定はしていなかった。

 感謝したら良いのだろうけど、なんだか怖くなって、そのまま二階の自分の部屋に入って服を着替えようとした。

 まだ部屋着を着終わらないうちにスマホが鳴った。非通知設定だった。まるで自分の下着姿を見られているようだった。

「はい」
 私は、スカートを急いではいて、チャックを閉めながら電話に出た。

「あなた、スマホなくしたでしょう」

 私は戦慄した。
 やっぱり、スマホの中身を見ていたんだ。
 電話番号もチェックしている。

「届けてくださってありがとうございます」

 私はかろうじてそう言った。

「いえいえ、大変でしたね」
「はい……」
「もう今は落ち着いているのですか」
「おかげさまで」
「ひどい事故でしたからね」

「は……事故」
「人生なんて一瞬で何が起きるか分かりません。どうか、お気を確かに」

 言っていることが、微妙にずれてきて何のことだか分からなくなってきた。

 ところで、あなたのハンドバッグも持っているんですよ。

「え!? 」

 ポストに入れようと思ったんですけど、入らなかった。

「あ、ありがとうございます」
 私はかろうじてそう言った。

「今度お会いできませんか」
「ありがとうございます」
「今日はもう遅い。もう10時です。またお話をしましょう」

10時……おかしい。今はまだ6時だ。これから夕食の時間……。

「あの……」
 私がそのことを言おうとすると、電話が切れた。

 気持ちを落ち着けるために着信履歴に番号が残っていないかもう一度見てみた。

 着信履歴が五年前の午後10:00ちょうどになっている。

 私はそのことを頭から追い払って、母親に呼ばれるまま、リビングの食卓についた。

 夕食が終わって自分の部屋に帰ると、机の上に置きっぱなしだったスマホに着信履歴がたくさんあった。

 履歴を見ると、やはり五年前だった。

 そのすべての着信履歴が、午後10:00ちょうどになっている。その時に時間が止まったみたいだった。

 訝しげに画面を眺めていると着信があった。

「はい」
「やあ」
「なんども電話いただいていてすみません。食事中だったので」
「かまわないよ。それより、明日の夜10時に会えませんか。かばんをお渡ししたいんです」

 10時……。知らない男性と二人で会うにはちょっと遅い。
「もうちょっと早い時間はだめですか」
「いえ、すいません。その時間じゃないと駄目なんです、どうしても」

 仕事か何かの事情だろうか……。
 バッグを返してもらいたかったので私は言った。
「分かりました。どこに行けばいいのですか」
「渋谷から三軒茶屋方面に行くバスがあるでしょう」
 そう言えばあったな。私は思った。

「はい。あのハチ公のいない方の東急があるところのバス停ですか」

 私はなぜだか鼓動が高鳴ってきた。何度かしか行ったことのないあそこで、過去に何かがあったような気がした。あそこで前に、たしか何かがあったはずだ。

「そこでお待ちしております」
「分かりました」

 翌朝私が目が覚めると、時計は朝の7時だった。

 電話がなった。

「待ってますよ、必ず来てくださいね」

 もう一度スマホの時計を見ると、いきなり夜の7時だった。さっきまで明るかった朝の光がすっかりなくなっていて、目を向けた部屋の外は夜のとばりに暮れていた。

 私は食事を済ませてシャワーを浴び、着替えをしてでかけた。待ち合わせにおくれてはいけない。そう思いながら移動していた。スマホで時間を確認するたびに、時刻は段々と夜の10時に近づいていった。五年前の西暦が気になった。

 なんでこんなことになるんだろう。

 ふと気がつくと車内の「平成26年版、クリスマスデート必勝法」という雑誌の中吊り広告が目についた。おかしい、いまは平成31年だ。

 私は胸騒ぎがした。平成26年の今日、クリスマスイブ。私は三軒茶屋で彼氏と待ち合わせをしていたはずだ。

 どうしても、そのことが思い出せない。そこから先の記憶がまったくない。どんな日だったんだっけな。確か食事をホテルでするはずだった。人生初エッチかな、そんなことを考えて、家で赤面した覚えがある。でもその先がわからない。なぜだか、そんな特別な日のことが思い出せない。

 東横線が渋谷に着いた。待ち合わせ場所に向かう。なぜだか急がなければと思った。汗をかきながら走った。

 一瞬でわかった。あの人が電話をくれた人だ。目があった。大きく優しい顔でうなずいた。

 一台の車がその人をまるでめがけるようにして走ってきた。このままでは轢かれる。私はまったく気が付かないでいるその人を突き飛ばしたんだった。ああ、あの人か……。ようやく思い出した。

 思い出した瞬間、まるで五年前そのままのように、車がその人に突っ込んできた。私は五年前と同じように彼を突き飛ばそうとした。

 ところが今日は、彼が身を乗り出して私を突き飛ばした。彼は急ブレーキの音の中で轢かれて瀕死の重傷を折った。多分もう助からないだろう。私は思った。

「やっとあなたにバッグをお返しすることができました」
「どういうことですか」

「五年前のこの日、私はあなたに突き飛ばされて、暴走していたタクシー事故から救っていただきました」

 私ははっとした。

「私を助けてくれる代わりに、あなたは死んでしまった。本来死ぬのは私だったんです。あなたはあの時に死んだ」

「あのときの人だったんですね」

「でもこれであなたはまた、生き返ります。さあ、バッグを持って彼氏のところに行きなさい」

「もう済んだことです。私はもう死んでいるんです。死なないで下さい」
 私は言った。「救急車を呼びますね」

 スマホを開くと、時間はちょうど10時だった。彼は名前も知らぬまま、私の腕の中でまるで眠るかのように安らかに目を閉じた。

  スマホの着信音がした。

「ごめんね、あと15分で着くからさ」彼氏からだった。

「ごめんね。今年のクリスマスは一人で過ごしたい」

「どうして」彼氏は驚いていた。

 スマホの電源を切る時に時刻を確認すると、平成31年の午後10:14分だった。時が動き出した。私は「生きよう」と思った。


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