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蒼色の月 #135 「アパート探し①」

最後の調停で、夫は悠真の大学進学の費用を出すと約束した。
こちらから、一覧にしたもの全て進学費用として認めると言った。
それが、私がICレコーダーを切り札として出したからでなく、父親として息子を思ってのことだったら、どんなに良かったことだろう。

結城弁護士が言った。

「今回の離婚調停は不調でした。ですから離婚にはなりません。進学費用の約束も取れて何よりです。いつか離婚する時に、子供達に対して悪意の遺棄が疑われるようなことをしていると、後々不利になるということもご主人は弁護士から聞いていたはずです」

「有利に離婚するためには、出すのも仕方ないということでしょうか」

「だと思います。あとは設計事務所を経営なさっていますから、世間体もある程度考えていらっしゃるかと」

お金を出すのはあくまで自分の保身のためか。
なんて悲しくて、厳しくて、苦しい現実なんだろう。
夫はどこまでも私を絶望させる。
でも、理由はどうあれ、出してもらえることはありがたい。
ほっとしたことは事実だ。

長男は、志望大学に合格した時のためのアパート探しを始めた。
まだ、2次試験も受けていないのに早すぎるとも思うのだが、安くて良いところはこのくらいから当たりをつけておかないと、簡単には入れないと先輩に聞いたらしい。
寮に入れれば一番良いのだが、長男の入れる寮がそもそもなかった。
悠真は友達とまめに連絡を取り、東京に出たときのあれこれを楽しそうに話している。
実は悠真の友達に和也くんという子がいて、その子も悠真と同じ大学を受験するらしい。
二人の間では、同じアパートに入ろうということになっているようだ。
もちろん二人が、2次試験に合格したらの話だが。

「お母さん、和也の親がいいアパート見つけて不動産屋に仮押さえしてもらうって言ってるんだって。俺もできたらそこに入りたいんだけど」

「そうなんだ。そこネットで見てみる?」

そこは、学生が入るワンルームのアパートで、諸事情が有り家具・電化製品付きで、ほぼ新築なのだが他のところより格安な物件だった。

「ほんとだね。ここいいね!」と私。

「和也の親もだいぶ調べた上で、ここがいいって決めたみたいだ」

「そうか。悠真にはなにより和也くんが一緒っていうのが大事なんだよね」

「うん。和也ともなんとか同じアパートにしようって話してて」

「わかった。お母さん、和也くんのお母さんと話してみる」

「ありがとう!頼むね」

こんなに嬉しそうにする悠真を、私は久しぶりに見た。
嬉しかった。
こんな小さなしあわせが、とてもとても嬉しかった。


今のネット物件は、何枚もの写真が載っているからわかりやすい。
グーグルアースで実際の建物やその周辺の環境も見れるから便利だ。
私や夫が東京の大学に通っていたのは、今から24年前。
その頃とは物件も探し方もまるで違う。
こうやって、希望の物件を押さえておいて、2次試験が終ったらすぐ申し込むのが良い物件に入るコツだそうだ。
携帯で友達と話し合いながら、アパートのこと、家財道具のことなど、新生活に夢を膨らます悠真。

こんなイキイキとした悠真の姿を久しぶりに見ることが出来て、私も嬉しい。
私も嬉しいと、それがみんなにも伝わるらしく、最後の調停以来、我が家はとても穏やかで明るかった。

私はこんな時間がいつもまでも、我が家に続くことを祈るばかりなのだ。

mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!