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蒼色の月 #112 「第二回離婚調停①」

一回目の離婚調停から丁度一ヶ月。
今日は2回目の離婚調停の日だ。
当然子供達には、父と母が離婚調停をしていることなど一言も伝えていない。
そればかりか、夫が家を出て行った理由が不倫で、今その女の家に住んでいることも一切伝えていない。
そんな事実を、センター試験まであと2ヶ月の悠真に、高校受験まであと4か月の美織に言えるはずがない。

もちろん、子供たちは父と母の間になにかがあるのは察している。
でも今現在この家で、今まで通りに生活ができ、信じる信じないは別として、義母の体調不良のためにという私がでっち上げた父が帰らない大義名分があって。
その上、夫が子供達と進学について話合いをした際に、父親から直接進学の許可をもらった事実がある。
これが私が、子供たちのためになんとか揃えた精一杯の現実。

もちろん、全然足りないのはわかっている。
でもこれが、この時私にできる精一杯だった。

心の中までは分からないが、私が見たところ、とりあえず子供達の気持ちは今は進学に向いていてくれているように見える。
受験が無事終わるまで、私はこの現状を守りたい。
受験に集中させるために。


前回の調停で、結城美佐子弁護士からの「進学費用は子供達との約束通り、夫健太郎が持って出た預金から支出するということでいいのか」という問いに対して、夫は次回の調停で回答すると述べた。

普通の父親なら、例え妻に愛情がなくなったとしても、子供に対してひどい仕打ちはできないのではないだろうか。
普通の父親なら…。
しかし、夫は今や普通ではない。
もし万が一2回目の調停で「大学進学費用は一切出さない」と言ってきたら……いったい私はどうしたらいいのだろうか。

そう思うとこの一ヶ月、私は生きた心地がしなかった。

私はスーツに着替えると車に乗り込んだ。
2回目の調停とはいえ、慣れることはなく、やはり動悸がして手の指先が異様に冷たい。
裁判所が見えた。
駐車場に夫のベンツはまだない。
前回同様、私は夫と顔を合わせるのが怖くて急いで駐車場に入ると受付を済ませ、一人相手方待合室に駆け込んだ。

「麗子さん、大丈夫ですか?」

私も、充分に早めに着いているのだが、待合室にはもう結城弁護士がいて私にそう声をかけた。

「先生。こんなに早くにすみません」

「麗子さん、顔色がすぐれないけれど具合悪いんじゃないですか?」

「先生、私長男の大学進学費用のこと、夫がどんなふうに言ってくるのか考えると怖くて怖くて夜も眠れなくて」

「そうでしたか。そうですよね。もう2ヶ月後にセンター試験ですしね。お気持ちお察しします」

「先生、もし、もしなんですけど。夫が一円も出さないって言ってきたとして」

「はい」

「調べてもらえばすぐにわかることなんですけど。あの通帳には私の20年間の給料が、毎月毎月そっくりそのまま入っているんです。なにもあの預金は夫が働いたお金だけが、入っているわけじゃないので。私の分だけでも出すように、制できないんでしょうか」

「常識的に考えれば、今麗子さんがおっしゃったことがもっともで理屈が通っているんです。でも、法的には名義が健太郎さんである以上、その預金は健太郎さんのものということになります」

「私の分だけ返してもらうことは、できないってことですか?」

「離婚でも決まればもちろん、別居時に遡って麗子さんの取り分を強制的に取ることはできます。でも現在離婚が成立しているわけでもないので、出すか出さないかは最終的には健太郎さんの意思ということになります」

「そんな…」

私は絶望した。
20年前結婚し、義父の設計事務所に事務員として入った私。

「お前の給料も、健太郎の通帳にまとめて入れておくからな」

半ば強制的に、そして高圧的に義父はそう言った。
22歳で嫁に来た世間知らずの私は、それを拒むことが出来なかった。
まさか、こんなことになったときの用心のために義父はそんなことを言ったのではないよね。
そんな恐ろしい想像が、ふと浮かんで私の気持ちは益々堕ちていった。

どうか…どうか…
夫が父としての気持ちを思い出し、大学進学のための費用は出すと言ってくれますように。進学は離婚問題とはまた別と思い直してくれますように。
もう私にできることは祈ることだけ。

その返事が今日夫から返ってくる。

午前9時30分、第2回目の離婚調停が今始まった。


mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!