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蒼色の月 #65 「GPS②」

私は夫に裏切られ、義父母に裏切られ女の思惑通り事務所にも行けなくなった。いったい私はなにをやっているのだろう。不甲斐ない。

なぜ、私の身にこんな事が起きたのか。
それはきっと、私が至らない人間だからだろう。
自分では気がつけなかっただけで、きっと私はとんでもなくダメな人間なのだろう。
今の私には、人として生きる自信のひとかけらもない。
ひょとしたら私は、生きていてはいけない人間なのじゃないだろうか。

一晩、そんなことをベッドの上で考えた。

そんなどん底の私に容赦なく、子供達との朝は今日も来た。
神様も、今日くらい休みにしてくれてもいいのに。
さすがに今朝は笑えない。
私は珍しくパジャマのまま、キッチンに立っていた。
朝食とお弁当を作り、私は子供達を送り出す。
私の変化に子供達が気が付かないはずがない。
しかし今の私には、それで精一杯だった。

8時15分。
いつもなら事務所に着いている時間。
もう欠勤の電話をする気もない。二度と事務所には行かないと決めたのだから。
いや、行かないのではない行けないのだ。
用意周到に事務員を雇い、いつ私が事務所に来なくなってもいいように準備した義父の読みは正解だったということだ。

義父の設計事務所に入って20年、初めての無断欠勤だった。

安定剤を飲み込むと、その日私は夕方までベットの上で廃人になった。
もうなにも考えることが出来なかった。
いつの間にか、眠りに落ちた私が目を覚ますと、もう窓の外は薄暗く隣の公園の桜をライトアップが優しく照らしている。

子供達が帰ってくる
子供達が帰ってくる

こんな姿を今、見られるわけにはいかない。
悠真も美織も、受験までもう10カ月しかないのだから。
そんな人生の大事な時期に、彼等の心を乱したりできない。
そう思うと私は正気に戻れた。

急いで着替えると、髪を整えチッキンに立つ。

何を作ろう。
かろうじて冷蔵庫に鶏のもも肉が入っている。
今日はみんなの好きな、唐揚げとポテトサラダを作ろう。

ジュージューと、揚げる油の音と共にキッチンに唐揚げの匂いが広がり始めるころ、次々と子供達が帰ってきた。
なんでもない顔をしなければ。

いつもの賑やかな夕食が始まった。

「GPSの取り付けは、事務所の鈴木がやりますから。あとは自宅のパソコンから奥さんは好きな時間に、所長がどこにいるか見れますから」

そんな木村の言葉を思い出したのは、子供達が各々の部屋に上がっていった後のことだった。
私はパソコンにインストールしたGPSの追跡アプリを開いた。
そこには、今日一日、夫が移動した軌跡と時間が全部表示されている。

これで、夫の車が毎晩女の家にあることが証明できるのか。
ずっと続いた夫の車が美加の家にあるのか夜中に確認に行く日課も、必要がなくなる。

GPSの結果をプリントすれば、夫が女の家で生活している証拠になる。

その夜初めてアプリを使ってみた。
しかしその日、夫は朝8時に実家を出て事務所に向かい、夜8時に実家に帰宅していた。
たまたま今日は、実家に帰ったのか。
これではなんの証拠にもならないばかりか、女の家には住んでいないという証明になってしまう。

しかし、翌日も、その翌日も、その翌日も結果は一緒だった。

夫が美加の家に行っていないことを、嬉しいという気持ちはもうない。
美加の家には行っていないの?
なぜ?

夫と美加に何が起きているのだろうか。




mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!