蒼色の月 #91 「依頼②」
「麗子さん、これが調停の申立書になります。夫婦関係調整調停とありますが、事実上離婚請求調停という趣旨ですね」
昨日は頭が混乱して、きちんと見れなかった申立書の写し。
よく見ると筆跡は夫だった。
一枚目には夫の住所、氏名、私と子供達の住所、氏名が書かれている。
そして二枚目には「申立ての趣旨」と書いてあり、「離婚を望む」のところに手書きで〇が付いていた。
さらに離婚を望む理由には、13もの選択肢があった。
・性的不調和
・性格が合わない
・精神的に虐待する
・同居に応じない
・異性関係
・浪費する
・家族を捨てて顧みない
・生活費を渡さない
・暴力を振るう
・家族との折り合いが合わない
・酒を飲み過ぎる
・病気
・その他
そのうち夫が○を付けたのは「性格が合わない」の一つだけだった。
意外だった。なぜ一つだけなのだろう。
普通に考えたら、早く離婚が出来るように、嘘でもいっぱい○をつけたほうがいいのでは。
これを逆に捕えれば、夫から見て一応私は他は全てクリアーしていたということになるのではないだろうか。
夫自身が、この20年、私は他はちゃんと出来ていたと認めてるってことじゃないのだろうか。なのになぜ、こんな結末。
そんなくだらないことを、こんなことになって、いまさら考えてもどうにもならないのに、悔しさがこみ上げた。
「先生、不倫が自分にあるとはだれも書きませんよね」
「そうですね。そこが争点になりますね。離婚したいのは性格の不一致なんかではなく、旦那さんに異性関係があったということを認めさせることです。同封の回答書では、性格の不一致はなく、旦那さんの不貞が原因であると回答しましょう」と結城弁護士。
私が次の欄に目を落とすと、「未成年の子の親権」について書いてあった。私はその欄を見て愕然とした。
愕然とした。
「長男悠真、長女美織、次男健斗の親権は母」
と大きく夫の字で書いてあったからだ。
「親権は母」
それは、はなから子供は要らないってこと。
欲しくないってこと。
こんな残酷なことがあるだろうか。
父親の希望が「離婚」と「親権放棄」
私を捨てるのはまだいいとして、子供を捨てるとここには書いてあるのだ。
「先生、これってひどくないですか?普通離婚って、最後まで子供の親権で争ったりするんじゃないんですか?どっちも子供は自分の元に置きたくて。それを最初から親権放棄って、ひどくないですか」
「…失礼ですが、そういう人ってことです、旦那様は」
私は子供が不憫で泣いた。
悔しくて泣いた。
あの子達は、子供に興味を示さない父親でも、ずっと夫を慕って来た。
家族旅行にも連れて行かない父親なのに愛してきた。
あの子たちは、父親に捨てられるような悪いことは何一つしていない。
「これはちょっとね…お気持ちお察しします」
「…ありがとうございます。もう夫は、私が知っている夫ではなくなったんですね。それを…私はもういい加減、理解しなくちゃならないってことですね」
「そうですね…そうやって、前に進まないといけませんね。センター試験まで、4か月しかないんですから」
…そうだ。
こんな風に、可哀そうな被害者ぶって泣いている暇は私にはないのだ。
悲劇のヒロインに浸っている暇は私にはない。
「先生、そうでした。私、泣いてる場合じゃありませんでした」
「そうですよ。麗子さん、ところで確認なんですが。この調停は私にご依頼いただくということでよろしいですか?」
「はい。もちろんです。私は前回お会いしたときから、先生にお願いするつもりでした。どうかよろしくお願い致します」
「麗子さん、がんばりましょうね」
夫から申し立てられた離婚調停。
私はいよいよ法の場の戦いに、引きずり出されることとなった。
mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!