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命を身ごもり育むということ

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記事一覧

【命を身ごもり育むということ①】

【命を身ごもり育むということ①】

真夜中にふと目が覚める。

暗がりの天井を眺めていると、
だんだん目が慣れてきて、
カーテンの向こうの月明りが見えてくる。
電気の傘、キッチンの窓。

月明りが、

オリズルランの葉のシルエットを
きれいに映す。

こんな真夜中に私は目を覚ましたけど、
私の隣には、私の娘が小さな寝息をたてて寝ている。

そんな、今の私にとって当たり前のことが、
まだ私には、当たり前に思えないこ

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【命を身ごもり育むということ②】

【命を身ごもり育むということ②】

つわりが酷かったのは
たったの2ヶ月だったのだが、
それが当時の私にっては、長く長く感じた。

ぼさぼさの髪の毛に、何ら構わない格好で、妊婦検診に行く。
検診のとき意外が一切家から出ない。

家から出るといろいろな場所のにおいが気になるのだ。
たとえば、旦那さんが、どこかで、買い物をして戻ってくると、
そのにおいでどこに寄ってきたのかがすぐわかる。
特に、コンビニに寄って帰ってきたと

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【命を身ごもり育むということ③】

【命を身ごもり育むということ③】

私の赤ちゃんが、
私のお腹の中で元気に動いている。

胎動。

初めて感じる生命の息吹。

胎動とはどういう感覚なのか、
人によって感じ方が違うかもしれないが、
このころ感じ始めた胎動の感覚は、
下腹で、腸が活発になった時に、感じるお腹の違和感に似ている。

でも腸が動くのとは明らかに違う、と、脳が感じる。

この頃、私は、明らかに精神状態が好転した。

つわりは続いているものの

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【命を身ごもり育むと言うこと④】

【命を身ごもり育むと言うこと④】

この頃、一番辛かったのは、頭痛だ。

ほぼ毎日のように頭痛があった。
しかし、薬は飲めない。
冷えピタやアイスノン、氷を入れたビニール袋を常に持って頭を冷やす状態。

薬を飲まないので、治るのが遅い。
治るまで2、3日かかる。

こめかみが脈打ち、目の上がガンガンして、
頭全体が疼く状態が、ほぼ毎日。

この頃は安定期で、薬を飲める状態であったし、先生も飲んでいいといったが、私は絶

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【命を身ごもり育むということ⑤】

【命を身ごもり育むということ⑤】

「子供はまだ?」

「子供つくらないの?」

「のんびりしてるとすぐ年取っちゃうよ。」

「旦那さんが40過ぎなんだから早く子供つくらないとかわいそうだよ。」

結婚後8年の間に、いろいろな人たちからこんなことを言われた。

言う人は何も考えないで言っていると思うが、
そんな言葉を向けられたほうはたまったもんじゃない。

子供をつくるのは、簡単なことだと思っている人の言うことなのだろ

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【 命を身ごもり育むということ⑥ 】

【 命を身ごもり育むということ⑥ 】

2006年2月15日、朝の5時頃、

お腹の鈍痛で目が覚めた。
その鈍痛とは、弱い生理痛のような、
わずかなお腹の痛みだった。

でも、妊娠に、お腹が張ることも、痛みを感じることも全くなかった私にとって、これは、陣痛の始まりだと確信できた。

鈍い痛みを感じながら、冷蔵庫の水を取り出そうとした。
冷蔵庫の一番上の段に、自分が昨日、旦那さんに作ったバレンタインのチョコレートが、ブルーのギ

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【 命を身ごもり育むということ⑦】

【 命を身ごもり育むということ⑦】

生後2日めに、赤ちゃんが私の個室に来た。

この日初めて私は、赤ちゃんを抱っこすることが出来た。

小さくて、脆くて、壊れそうで、とても愛おしい。
この赤ちゃんが、私の赤ちゃんなんだ。

個室に来たときから、ずっと寝ている。

私たち夫婦は、私たちの赤ちゃんを、「もな」と名づけた。
MONAは、イスラムの名前。
旦那さんがイラン人であることから、産まれてくる子供は、イスラム名がなけれ

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【 命を身ごもり育むということ⑧】

【 命を身ごもり育むということ⑧】

今、私が抱いている、自分の赤ちゃんを、

自分の赤ちゃんじゃないと、思い始めた。

誰かが新生児室に入って、もなを連れて行ってしまった。
そして、今いるこの赤ちゃんをここにおいて、逃げてしまったんだ。

この赤ちゃんは誰なんだろう?

そんな思いにとりつかれ、ベッドから起き上がり、
やっとのことで立ち上がり、部屋中をうろうろする。

小さなベッドで寝息をたてる赤ちゃんをみて、
半信

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【 命を身ごもり育むということ⑨最終話 】

【 命を身ごもり育むということ⑨最終話 】

自分が産んだ、自分の赤ちゃんが、自分の赤ちゃんではない。
自分の赤ちゃんは、誰かに連れ去られてしまって、今ここにいる赤ちゃんが、私のところに置いていかれた。

目を離すと、今ここにいる赤ちゃんも、誰かに連れ去られてしまう。

そんな支離滅裂で、ありえもしないことを考え、
焦燥感と、漠然とした不安の中、入院期間の5日間が過ぎた。

母と、旦那さんが、

「ミカは、出産後の精神の不安定のせ

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【 命を身ごもり育むということ(後書き)】

【 命を身ごもり育むということ(後書き)】

臍の緒が切れて、

赤ちゃんは、
この世に独立する。

安堵と共に、
不安が襲うのは、
産まれたての赤ちゃんが、

母親からすぐに離れてしまうから。

小さな足には、
母親の名前のバンドが巻かれ、
小さなベッドのには、
母親の名前の書かれたプレート。

しかし、
それの、
なんとも不確かなものか。

産まれてから数十時間で、
初めて母親の元に帰ってくる赤ちゃんは、
今見た顔と、さっき見た顔と違う。

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