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短編小説0010不思議で怖い話 #005兵士の会話 3924文字 5分読

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https://www.youtube.com/watch?v=UCt6Jng2HdM

敵の攻撃が激しく、身動きが取れない。
もう二週間も塹壕にとどまったまま。

「あもう寒い。昨日の雨で靴の中が濡れたままだ。感覚がない。敵がひっきりなしに攻撃してくるから何もできねえ」
「弾も、食糧も底を尽きかけている。どうすんだよ!」
いくつか散らばった塹壕のうち、リョウタとヨシヤは二人のチームで同じ塹壕で耐えていた。
重機関銃の担当で二人一組で行動している。
命令があれば、銃手のヨシヤが銃を担ぎ、弾の補充担当のリョウタは弾を運び、塹壕を出て敵に向かう。でも敵の攻撃が激しく、塹壕に籠もってただ耐えることで精一杯だ。
「上の連中はなに考えてんだ」
「やべえぞ、さっきドローンが隣の塹壕を攻撃して一人やられた。シラミつぶしにやられたら俺たちも危ない」

司令部は戦争の短期終結を望み、電撃的に隣国に侵攻した。あっという間に隣国深く攻め込んだのは良いが、最前線に送られた兵士には補給が追いつかず、敵の激しい抵抗に耐えなければならなかった。そんな状況であるのに陣地の維持を厳しく命じられていた。
弾薬と食糧や車両を動かす燃料が圧倒的に不足していた。増援か潤沢な補給、もしくは撤退がなければ全滅は時間の問題だ。
軍令部のずさんな侵攻計画に兵士の士気は落ちていた。
「おい、ヨシヤ!このままじゃ死ぬぞ!夜になったら暗がりにまぎれて後退しよう」
「そんなこそしたら味方から射殺されるぞ。敵前逃亡とみなされてな」
「どっちにしろ敵に殺される。早くしないとヤバイぞ」
「まあまて、もう少しで撤退するらしいから。ネットニュースでそういっている」
「なに!お前ここでスマホ使ってんのか?バカヤロ!敵に電波傍受されるから禁止されてるだろ!」
「俺たちがここにいることはバレバレだからいいんだよ。それに細かい場所や状況、個人が特定されるような情報は発信してない」
「ほんとに撤退するのか?」
「ああそうらしい。首都攻略は一旦放棄。最前線の俺たちは当然撤退だ。東部戦線に移動集中するようだ」
「この状態ならありえるな。でいつだ?」
「そこまではわからん」
「てことは敵側も情報つかんでるだろう。そしたら今すぐにでも総攻撃くるぞ。そんなことされたらたまらないぞ。やっぱり早くここから出るべきだよ!」
「そんな事言ったってどうしようもないだろ!俺たちみたいな末端の兵士には!」
「ちくしょう!せめて捕虜になる準備しといてやる。白い布はないか?」
リョウタとヨシヤは招集兵だ。まだ二人とも十八才。たまたま開戦前に半年間の予備役訓練を終えたばかりで、そのタイミングで戦争が始まり最前線に送られた。二人とも大学に行くための学費を稼ぐため、予備役に登録したのだが、まさか戦争が始まるなどとは想定外だった。貧困層の家庭では、子どもを予備役に出して学費を稼ぐパターンはここ十年で一般化していた。戦争がなかったからだ。だから軽い気持ちで、何の問題もなかったのに・・・。
「俺たちの世代は運が悪い。よりによってなんで俺たちなんだよ」
「大統領の息子はよ、大統領秘書官に任命されてぬくぬく生きているのはなぜかな?俺たちと同じ十八才だぜ」
「招集兵の殆どが最前線に投入されてるって話しだぜ」
「それにあれだろ、死んだら学費出さなくて良くなるからな国は。コスパいいじゃん」
「ああ、まんまとやられたな」
「合法的拉致だぜ」
「カカカっ。マジほんと。頭のいい奴らの考えることはヤバいね」
「おーい、食い物余ってないか!」
二十メートル離れた隣の塹壕から聞こえる。隣もリョウタたちと同じ招集兵の十八才の若者だ。
「あったらくれ!」
ヨシヤが、皮肉交じりにこたえる。隣の塹壕から笑い声が聞こえてくる。
「ほんとにない。食糧が尽きて半日たった。まだちょっと腹が減ったかなくらいの感覚だが、あと二〜三日続くとヤバイぞ」
リョウタは、ぼそっと言うとそうっと隙間から敵陣を眺めた。敵は見えない。こちらと同じようにうまく隠れている。大体百メートルくらい離れているだろうか。
「あっちも俺たちみたいな若い連中なのかな?」
「どうだろ。兵隊がうちより少ないから女兵士がいっぱい動員されたらしいぞ」
「まじか?ペアが女の子なら楽しいのになあ!」
「あほ」
夜が迫ってくる。段々と気温が下がってくる。もう十一月にもなれば夜は氷点下だ。下手したら死ぬ。
招集兵は半年で交代すると約束されていたが、もう前線に送られてから九ヶ月になる。あとひと月で新しい年を迎える。生きて帰れるのか?
帰れたとしても、国は非常事態宣言中だから学校や公共施設は、通常業務でやってない。大学生になれても学校がやってなければ意味がない。それに奨学金の支払いが滞っているとも聞く。
「ヨシヤはどうする、国に帰ったら?」
「大学行きたいけど無理だよな、この状況だと。だから働くしかねえかな」
「何やる?」
「いっそ外国でも行くか」
「俺たち嫌われモンだぜ、侵略国家ってよ。世界中から。出稼ぎなんて厳しいんじゃねえのか」
「国にいても仕事ないだろ。韓国人とか適当に言って働くさ。俺英検三級持ってんだよ」
「ブアハハ!英検三級でどんな仕事できんだよ!ドヤ顔やめろ!」
「それにしてもよ、俺たちの大統領様はよ、隣の国占領してどうすんのかね。占領したところでずーっと何十年もゲリラとかテロとか続くぜ。敵も黙ってねえよ」
「メンツだよ。ただのメンツ。もともとこの国は俺たちの国だって言ってたが、いつの時代の話だよって。そんなこと言ったら世界中同じ事言うやつばかりになるぜ」
「俺のいとこがこっちにいるんだよなあ。だからすげえ複雑だよ」
「ああ、そういうやつ多いよな。親戚とか友達がこっちにいるってやつ」
「庶民レベルでは平和そのものなのに、なんで政治家って奴はわざわざこじれさせるのかな。戦争なんか始めやがって。もう何人死んだんだろうか」

吐く息が白い。
もう家に帰りたい。温かいシャワーを浴びたい。温かいベッドで寝たい・・・・。

ウトウトとしていると動物の鳴き声が聞こえてきた。

ウーン、ウーン

「何の声だリョウタ?」
「タヌキか、キツネか?鹿なら食うか」
隙間から鳴き声の聞こえる方を見ると、動くものがある。あれか?
「あれ、なんだ?動物じゃない、女の子だ!」
五才くらいの女の子が自陣と敵陣のちょうど真ん中にとぼとぼ歩いている。どこから来たんだ!
「泣いている。どうする?」
「あっちの国の子だろ。敵が行けばいい」
「出てこないじゃないか」
「撃たれるからな」
「あの子ほっといたら死ぬぞ。凍えて震えている」
「近くの家の子かな。親はどうした?」
ヨシヤがそう言うやいなや、リョウタが丸腰で飛び出した。
「リョウタ!バカ野郎!」
ヨシヤは重機関銃を構え、いざとなったらリョウタを支援する体制を整えた。
驚いたのは敵陣から射撃がなかったことだ。敵陣もこちらの出方を図っていたようだ。
ヨシヤは神経をはりつめて、敵の動向に集中した。一発でも銃声が聞こえたら即反撃する。
リョウタが女の子の元にたどり着いた。
夕暮れで二人の顔が美しく赤く染まる。もう数分もすれば顔が見えなくなる位暗くなるだろう。
「どうした?大丈夫か?あっちに帰ろうか」
リョウタは敵陣の方を指さして言った。
女の子は不安げに何も答えない。リョウタの言葉はこの地でも通じるはずだから意図は理解してくれているはずだ。
そして女の子を抱きかかえて大声で敵陣に向かって叫んだ。
「おーい!女の子を頼む。撃つなよ!俺は丸腰だ!」
そう言って女の子を抱きかかえながら、ゆっくりと敵陣に歩く。
敵陣まであと三十メートル位まで近づく。もう少し近づくと何となく敵兵の配置が分かる。敵側としてそれは困るので、一人塹壕から半身だけ体を出し、リョウタを制止した。
「止まれ!お前はその子をその場に置いてゆっくり戻れ!ゆっくり動けば撃たない!」
敵兵と目が合った。信じられると思った。リョウタは言う通りにした。女の子を優しく降ろし、両手を上げゆっくりと後ずさりする。半身を出した兵士がゆっくりと塹壕から這い出て、リョウタをけん制しつつ女の子のもとに向かう。
リョウタはゆっくりと自陣の方に向き直し、ゆっくり歩き始めた。これで安心だ。

「おいやめろ!」

敵兵が叫んでいる。
リョウタは慌てて振り向くと、女の子が銃を構えてリョウタに向けている。

バン!

リョウタの服に黒いしみがどんどん広がっていく。胸の真ん中あたりだ。
痛い・・・。
リョウタはたまらずその場に膝をついた。
女の子は落ちていた銃を拾いリョウタに向けて撃った。
「クソ!」
敵兵が急いで塹壕に戻る。
女の子はリョウタに銃を構えたまま震えている。
「お母さんとお父さんを返して!」

バンバンバンバン!

女の子は更に撃った。でもその後の弾はリョウタに当たらなかった。
それと同時かどうか、もうよくわからないが、敵陣と自陣から機関銃の撃ち合いが始まった。
リョウタは女の子に「伏せろ」と言うが、突っ立ったまんまだ。女の子には聞こえていないのか、声が銃声にかき消されているのか、それともリョウタの意識がもうろうとしている中で、そもそも声が出ていないのか。

曳光弾がリョウタと女の子の側をヒューン、ヒューンとものすごい速さで通過する。
もう夕暮れは終わり、夜が始まったから光がよく見える。

「弟も返して!おじいちゃんおばあちゃんも!」
女の子の顔はぐしゃぐしゃに濡れている。
「全部壊した!全部殺した!お前たちみんな死ね!」

女の子はそう言って、顔を両手で覆って泣き崩れた。
リョウタはひざまずいたまま、胸を押さえて女の子を見つめていた。

「ああ、せめて俺たちの弾が当たらないよう俺が盾になるか・・・」

リョウタと女の子の側を光の筋がいくつも通り過ぎる。

撤退命令が下ったのはその翌日だった。



おしまい

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