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手のひらの恋【青ブラ文学部】

彼の手が好きだったの
大きくてきれいで指が長くてあたたかくて
だから別れて彼の顔は忘れてしまったけれど 手だけ覚えているの

と彼女が言った

私は そんなことは嘘でしょ強がりでしょ と思って聞いていた

彼は煙草を吸うから指にタバコの匂いがしみていて 甘いその匂いは好きだったけれど でも
煙草を吸うことが嫌で別れたの
だって私の髪が煙草くさくなるんだもの

と彼女は少し頭を傾けて美しい長い髪をさらりと揺らし 自分の手を見る
彼の手の感触と煙草の匂いを思い出しているのだろう

顔を忘れたなんて嘘でしょ 私はもう一度 心の中で彼女に言う
声に出すのはやめた


何年か経ってから
新しくできた彼と手をつないで歩いていて信号待ちで足を止めた時 ふと彼女のその言葉を思い出した

温かくて大きくて優しい彼の手
いつまでもにぎっていたい手
この彼と別れたら 私も彼の顔を忘れてしまうのだろうか
手の記憶だけ残して

そう思って 信号を見ている彼の横顔を下から見上げた
夕日がまぶしくてよく見えなかった

(了)

山根さんの企画に参加します


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