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海の底で青写真【シロクマ文芸部】

「青写真というのはサイアノタイプとも言い、鉄の価数が光により変化することを利用して…」
教壇で先生が話す青写真の仕組みは、子守歌となって私の瞼を重くする。
「まずクエン酸鉄アンモニウムとフェリシアン化カリウムを紙に染み込ませ…」
「フェリシアン化カリウムは赤血塩とも言う赤い結晶で…」
クエン酸…鉄…フェリ…

眠りの世界も青い。
海の底だろうか。でも海の底は青いだろうか。
それはイメージなだけではないだろうか。
「そんなことどうでもいいから早く」
だれかに急かされて私は刷毛で紙に液体を塗り、それをまた誰かに渡す。
別の誰かがそれをどこかで乾かしている。
乾かす?海の底なのにどうやって?
「どうでもいいでしょう。良いから早く」
また急かされて、今度は乾いた紙を取り外して集める。
それを机に向かっている人に渡す。
するとその感光紙の上にその人は白い不思議なものを並べ、強い光をあてる。
光の正体は大きなチョウチンアンコウの提灯だ。まさか。
「チョウチンアンコウの光に紫外線は含まれないでしょう?」
思わずそういうとまた怒られる。
「居眠りしてるくせに偉そうに。気分の問題でしょ!
いいから早く檸檬水ですすいでちょうだい」
言われた通り檸檬水ですすぐと今度は
「外で乾かしてきて!海から上がって!」と言われる。
「はい」と返事をして、私はスマホほどの大きさのその紙を手に上へと泳ぎ出す。だんだん上がどっちか分からなくなる。上ってどっち?
「泡と一緒に行けば良い」と声がする。泡と一緒に上へ上へ…
泡は真珠みたいにきらきら虹色に光っていてとてもきれい。人魚姫になった気がしてくる。海の上の世界が楽しみでわくわくしてくる。
ザバン。ああ、海の上へ出た。
私は手にした紙を空へかざす、太陽にかざす。眩しくて目は開けられない、なんて眩しいの…

「きれいに出来ましたね」
先生の声がする。
私は自分の机に置いたスマホほどの大きさの青い紙を見る。
青い紙に映し出されている白いレース状の、筒状の…
「ああ、これはカイロウドウケツですね」
「カイロウドウケツ…」
「ビーナスの花かごとも呼ばれる美しさがここに!」
先生は勝手に感激して手にとって紙を見ている。
「あっ」
「えっ?」
「エビ!エビがいますね?」
先生は勝手に説明を始める。ああ今日はどうしてみんな勝手なの…
「カイロウドウケツにはドウケツエビというエビが住んでいることがあるのですよ。そんなものまでよく書き込みましたね」
「はぁ…」
私はなぜそんなものを自分の青写真に写せたのか分からない。あれは正夢だったのだろうか。
スカートに触ってみる。濡れていなかった。

(了)



*小牧幸助さんの企画に参加しています。


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