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心の中でいつも馬が【短編】

上の続きのような…

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あなたが滅多に会えないほど遠い場所に行ってしまってからも、あなたにもらった白い馬が私の心の中を駆けている。
最近はいつも波打ち際を駆けている。
駆けている、といっても波打ち際の砂浜なので、ぱしゃぱしゃと歩くような感じの足取りだ。
私はその私の白馬『クリームソーダ』に乗っている。
今は夕暮れだ。
海を少し赤く染めながら日が落ちてゆく。
ぱしゃぱしゃぱしゃ
クリームソーダは落ちてゆく太陽を目指して走っている。
ぱしゃぱしゃぱしゃ
左手は海、右手はヤシの木の生えた砂浜。
頭の上には蒼くなりゆく空に針でつついたような星。
心の中だから、さしずめここはスノードームならぬサンドドームか、小さなプラネタリウムだ。ニセモノの潮風は潮の香りがしないし、べたつかない。ああ良かった、髪がべたべたしなくて。
クリームソーダ、もう太陽を追うのはあきらめようよ、戻ろうよ。
馬は返事をしない。
そうだね、戻るとあの月が見えてしまう。
ここはきっと南の島なのになぜか後ろには朧月おぼろづき。あの人が私に馬をくれた夕暮れにみた朧月。見ると寂しくなってしまう朧月。
でも戻ろうよ、私の白い馬。
あれ?あの遠くに見える小さな黒いものは黒馬かな?
『コーヒーゼリー』かな?
あの人は乗っているだろうか。
あの馬はどっちを向いて走っているのだろうか?
近づけるかな?追いつけるかな?
あの人に今度はいつ会えるのだろう。
いつ帰ってくるのだろう。
私は一日中、心の中で白馬に乗って待っている。
馬から降りて郵便受けを開けてみる。
「桜の頃に一度もどります」
達筆な文字で書かれたエアメールの絵葉書が、一枚ぺらっと落ちてくる。
桜…と書かれているのが不似合いなヤシの木と海。
どうしてメールとかじゃないの?
心の中で文句を言うと、馬は私を乗せずに駆けて行ってしまった。
夜のとばりの向こうに。
朝になったら戻っておいで。
私が起きるまでに戻っておいで。
おやすみなさい。


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