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落とし文を探して [落とし文シリーズ2]

50代の私たち二人は、帽子の中にも流れる汗をぬぐいながら7月初旬の蒸し暑い低い山の山道を歩いていた。涼しい風が吹いてはいるが暑さの方が勝り、人気の公園内だというのに人気は少ない。ましてや50代女性など私たち以外に歩いていなかった。さっき釣竿を振り回してすれ違った男性は50代だったかもしれない。でも虫網を持った息子らしい10代の男の子を連れていた。私たちのような50代女性の二人連れはいかにも場違いな気がした。
だが私たちは「落とし文」という虫の落とした葉っぱを見つけようという意気込みで、暑さもものとせずここまで歩いてきた。でもなぜそのような熱量を持って「落とし文」を探そうとしているのか分からない。
ただ
「落とし文って知ってる?」
「知らなかった!」
「みたいよね!」
「みたい!みたい!」
「探しに行こう!」
「行こう行こう!」
と盛り上がって出かけてきてしまったのだ。
内心「なぜ?」と思わなくはなかったが、それについて二人で検討するような弱い気持ちではなかった。
私たちが歩いている山は低い。多分低すぎた。低すぎて暑すぎてもう落とし文はいないのだという気がしてきた。

顔を見合わせて何か言おうとしたとき、スッスッと姿勢よく歩く60代位の涼し気な女性とすれ違った。
「何を探しているのですか?」
その女性が立ち止まり、私たちに笑顔で質問する。
「オトシブミですの」
私たちは声を揃えて上品に答える。
「ああ!オトシブミね!私も若い頃は探したものだったわ」
そういうと彼女はまたスッスッと涼し気に去っていった。
若い頃は探したものだったわ…
若い頃は探したものだったわ…
彼女の声が私たちの頭の中に繰り返し響く。
若い頃…私たちって若いのかな?
あの人も落とし文を探して見つけたのかな?
私たちはそんな言葉を目配せで交わす。
もう少し、探そうか。
私たちは歩き出す。
きっとあと少しで落とし文が見つかるのだ。
それを見つけたとき、私たちは「落とし文を見つけたまだ若い50代女性」というものになり、「一緒に落とし文をみつけた仲間」となるのだ。
そんなことをすれ違った女性が教えてくれたのだ。

結局一時間ほど歩いた私たちが見つけたのは落とし文ではなく、休憩で山の上の広場にある石のオブジェに座って鮭おにぎりと卵焼きと赤いウインナを食べていたときに、上空にシュッと現れてジグザグ飛んでからシュッと消えたUFOだった。
でも私たちはそれでとても満足し、おやつに持ってきたお手製のブルーベリーマフィンを紅茶とともに食べ終えると、その低い山を下りて手を振って別れ、それぞれの家に帰っていった。


*50代女性でもオトシブミを見つけてみたいです!
 ですよね?
*「落とし文」についてはこちら👇

*シリーズ1話目はこちら👇


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