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キャラメル・モモンガ

「ねえママ、モモンガとムササビってどう見分けるの?」
娘がそう聞いてきたので私は、よしっ!と思った。
ちょうど今日調べたばかりだったのだ。
虫の知らせというやつだ。
「ええとね、よく言われる簡単な見分け方はね、モモンガはハンカチくらいの大きさで、ムササビは座布団くらいなの」
どや!と思っている私の前に娘は静かに手のひらを広げて見せた。
「じゃあこれはどっち?
キャラメルの包み紙くらいなの」
娘の手のひらの上には小さな小さな生き物が眠っていたが、私がじっと、途方にくれてじっと見つめていると視線を感じたのか、ぱちっと目を開いた。真っ黒い大きな瞳の可愛さに私はきゅんとした。
小さな鼻をひくひくさせるのも可愛すぎる。
私は一つ小さく息を吐いて気持ちを整えてから娘に告げた。
「たぶん、モモンガね。モモンガはムササビよりとても目が大きいの」
「へええ。ママすごい。
じゃあこの子は『キャラメル・モモンガ』ね」
娘は納得のいったように手のひらの上の生き物の頭を、反対の手の人差し指でそっと撫でた。キャラメル・モモンガ?は娘にすっかり懐いているようで気持ちよさそうに目を閉じた。すごい。
「その子、どうするの?
っていうか、どうしたの?」
私がたずねると落ち着き払った娘は窓の向こうの空を指さした。
「あの雪雲のほうから飛んできたのよ。うちのガラス窓にぶつかっちゃったの。ママがきれいに拭きすぎたのね」
確かに私は昨日窓をぴかぴかにした。雪が降りそうなのにおかまいなく、ぴかぴかにした。別に悪いことではないでしょ。
「悪くないのよ、ママ。安心して。ただそういうことが起こったと説明しただけよ」
娘は小1なのに私に配慮のある発言までしてみせた。ありがとう。
「脳震盪を起こして倒れただけみたいだから、もうお空に帰すわ」
娘はそういうと窓を開け、手のひらをそっと外へ差し出した。
キャラメル・モモンガはちらっと一度こちらを見てから空を向き、ぶわっと飛び出していった。ちらちら舞う雪に紛れてすぐに見えなくなってしまった。
名残惜しい気持ちで外を見続ける私にかまわず娘は窓をがたっと閉め
「良かったわね」と私に言った。
うん、と私はうなずいた。何か逆だと思ったがもう良い。
娘は自室へ向かい、私はキッチンへ向かった。
温かい甘い紅茶でも飲もうと思った。
娘の部屋にもミルクティを運んであげよう。

そんな母娘を全く見ないで、同じ部屋で木製の揺り椅子で眠っていたおじいちゃんは知っていた。その小さいモモンガのことを。
ああ、それは多分『ガ』だな。
ここらの町では嫌われものの『蛾』が可愛いモモンガに変身して過ごしていることがある、それに相違ない。何度か見かけたことがある。捕まえたこともある。
きっと俺が大好きな『スズメガ』だろう。
そのまま訪ねてきてくれても良いのに。
それにしても季節外れだなあ。寒かろうに。食べ物の花の蜜もないだろう。家の前に咲いている冬薔薇ふゆそうびを目指してきたのだろうか…
おじいちゃんはそんなことを思いながら暖炉の前でうつらうつらしていた。
母親になってもおっちょこちょいの娘と違って、利口な孫娘は気付いているかもしれないなあ、と思いながら眠っていた。

(了)

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