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天井の梁の女の子

おばあちゃんの家のリビングルームの天井にははり がある。
ぼくははり という名前を知らなかったけど、おばあちゃんが得意そうに「うちのリビングにははり があるからおしゃれでしょ?」とぼくに言って、頭の上のほうの木を指さした。ぼくは何がおしゃれか分からなかったけれど、こういうときに同意するのが大事だということは分かったので「うん、おしゃれだね」と答えた。
「おまけにね」
おばあちゃんは自慢を続けた。
「おしゃれな梁におしゃれな女の子が座っているの」
ぼくは意味がよく分からなくて、おばあちゃんをじいっと見た。説明があるのだろうと続きを待った。続きはなかった。
ふ、ふうん…とだけ、ぼくはつぶやいた。
それは夏休みにおばあちゃんの家に遊びに行った時のことだった。

それきり忘れていたおしゃれな梁の上のおしゃれな女の子を見つけたのは冬休みにまた遊びに行った時だった。ぼくは小さな小さなドローンをクリスマスに買ってもらった…いや、サンタさんにもらったので、広いおばあちゃんの家で飛ばす練習をしていたのだが、リビングの梁の上あたりから降りてこなくなった。
おばあちゃんの家には梁の上まで届く長い梯子があるので、ぼくはそれにのぼって梁の上をみた。おしゃれな帽子をかぶった、小さな小さなミニスカートの女の子がいて、ぼくのドローンをまるでクマのぬいぐるみを抱えるように抱えていた。ドローンは女の子の腕の中でじたばたしている。小さな女の子なのにすごい力だ。痛くないのだろうかとぼくはその女の子を尊敬のまなざしで見つめた。
「これ、あんたの?」
「はい」
「返してほしい?」
「はい」
「でもね」
女の子はぼくを見た。
「私、これに乗ってみたいな。乗せてくれるなら返す」
ぼくは梯子から落ちないように気をつけながらうなずいた。
「少し待ってください。いったん下におりますので」
ぼくは礼儀正しく言った。
礼儀正しいのは得意だった。たぶんずっと厳しい先生にピアノを習っているからだと思う。
下に降りるとコントローラーでドローンの動きを止めた。そしてまた梯子をのぼる。さっきと同じように梁の上の女の子はドローンを抱えて座っていたがドローンは止っていた。
「下におりましょう」
ぼくは手を伸ばして、小さな小さなドローンと女の子を手に乗せ、とても注意して梯子を下りた。
女の子にドローンの動きを実演してみせ、乗る場合の注意をつげ、上に乗っていいと許可した。
小さな女の子の目がきらきらしたのが分かった。
この女の子は妖精のようなものだろうか?座敷わらしのようなものだろうか?人間のようにケガはするだろうか?
ぼくの頭にはいろいろな疑問や心配がうずまいていたが、すでに操縦には自信がある。女の子をのせたドローンを浮き上がらせた。

冬休みにおばあちゃんの家にいる間中、毎日ぼくは女の子とドローンで遊んだ。というかリクエストに応えて彼女をドローンに乗せて飛ばし続けた。ときどきどこからか彼女が飛ぶ生き物を連れてくるのでレースをしたりした。蝙蝠だったり、冬にいるはずのないトンボやツバメだったりした。やっぱりきっと座敷わらしなんだろうなあ、ずいぶんおしゃれだけど。と、ぼくは思った。
でもそれは一人っ子のぼくにとってはお姉さんができたみたいで楽しい冬休みだった。
大みそかにお母さんが迎えにきて自分のマンションに帰るときは、梁の女の子のことを思って悲しくなった。
「だめよ、私はいつもここにいるし、悲しくなる必要なんてないわ」
女の子がぼくにきびきびと厳しい声で言った。その後で、
「でもね、またドローン持って遊びにきてよ?絶対ね?約束よ」
というと、とびきりの笑顔でウインクした。
ウインクというものを初めてみた。
ぼくも女の子にウインクを返そうとしたけれどうまく行かなかった。今度くるまでに練習しなくちゃ、と思いながらぼくはおばあちゃんの家を後にした。

(了)

*この梁の上の女の子(座敷わらし)はその後「檸檬ちゃん」という名前で私のクリエイターページ内に暮らしています🍋


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