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熊さんとギターとパウンドケーキ


1.「ほおずき風船と魔女の森」

https://note.com/mimoza222mimoza/n/ne7c210bbb9b3

2.「熊さんに上げるケーキ」

https://note.com/mimoza222mimoza/n/n26b866eb1554

*上記の続編的なものになります

⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂

私は小鳥たちにもらった木の実や果物を使ってパウンドケーキを焼きあげた。それは素敵なほおずき風船をくれた熊さんに、お礼に持って行くためのものだ。
この前持って行こうと思ったケーキは知らないうちに家族が食べてしまったので、今度は焼いてすぐに持って行こうと決めていた。オーブンから取り出したケーキを火傷に気を付けて型から外し、オーブンシートで上のほうに蒸気を逃がす隙間を開けて軽く包み、紙の手提げ袋に入れて私はすぐに家を出た。行先は商店街の外れにある古道具屋だ。その店の前に熊さんが立っている。

私はとても急いで歩いてその店の前まで来た。店の前の熊さんの人形に向き合って立ったけれど途方に暮れる。それはリアルな熊の人形で小さめの本物の熊に見える。でも私がいくらじっと見ても目が合うことはなかった。私はここにきてこの熊さんに向き合えば普通に話ができるような気がしていた。なぜそんなことに確信をもって疑わずにここまで来てしまったのだろう…
立ち尽くす私の持つ手提げから焼きたてのケーキのバターの匂いがする。
その時、店の扉がぎぎっと開いて中から熊が出てきた。
あれ?こっちがこないだの熊さん?
私がじっと見ると店から出てきた熊は
「やあ!いらっしゃい」
と言って、顔に手を当てると熊の毛むくじゃらな顔が少しずれて、中から人の顔が見えた。若い男の人だった。
「君、こないだの子だよね?店に入りなよ」
またしっかりと熊を装着した彼の声は確かにこないだの、ほおずき風船をくれたときの熊さんの声だった。そうか、あの熊さんは、店の前の熊ではなかったのだ。私は本当は熊ではなく人だったことにほっとして、店の中について行った。
少しギシギシいう床を踏んで店の奥へ入る。店の中は長細い。古いものがたくさん両側に並んでいるのでぶつからないように気を付けて進んだ。奥の方から聞きなれた優しいギターの音色がする。もう少し進むと思った通りの人が椅子に座ってギターを弾いているのが見えた。
隣の家のお姉さんだ。
「あら?澄美ちゃん?」
お姉さんはギターを弾く手を止めて私をみるとにこっとした。隣の家に住むそのほっそりしたお姉さんは毎晩眠れなくて小さな音でギターを弾いていることを私だけが知っている。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、夜ぐっすり眠っているから知らない。
私はよく夜中に怖い夢をみて目が覚めてしまう。そんな時、外の空気を吸えば怖い夢が出て行くような気がして窓を開けると、いつでもかすかな優しいギターの音色が隣の家から聞こえてくる。たまにカーテンが開いていると髪の長いお姉さんがちらっと見える。そのギターを聴いているとまたすぐ眠ることが出来る。怖い夢はもう見ない。
でもお姉さんはいつ眠れるのだろうと心配だった。いつかお母さんが「となりの子は不眠で大学にもあんまり行けないんだって。引きこもりにならないといいけど」とお父さんに話していた。
魔女に貰った目薬はそのギターのお姉さんに上げようと思ったのだ。いつも私を眠らせてくれるお礼に。
その目薬をお姉さんが使えば、私は夜中に目が覚めた時にギターが聴こえなくて眠れなくなるかもしれないけれど、優しい曲を弾くお姉さんにぐっすり眠って欲しかった。
でも隣の家にお姉さんに会いに行ったことがなかったから、まだ目薬を渡せていなかった。今日、あの目薬を持っている。熊さんに見せようと思ったので持ってきていた。
どこから話そうか…誰になんて話そうか…
「何?知り合い?」
そういう店主の熊さんと、ギターのお姉さんの前に立って私は迷っていたが、まずケーキの紙袋を熊さんに差し出した。
「これ私が焼いたパウンドケーキです。こないだのほおずき風船のお礼です。ありがとうございました」
「お!良い匂い。焼きたてだな!」
熊さんは嬉しそうに受け取ると
「よし!みんなで食べよう。飲み物はハチミツ入りのカフェオレにしよう。熊だからハチミツが必須だ」というと熊の頭をテーブルの上に脱ぎ捨てて奥のほうへ飲み物の支度に行ってしまった。
ああ今日も夢みたい、と私は思った。私が考えていた飲み物がなぜ熊さんは分かったのだろう?知っていたのかな?心が読めるのかな?それともやっぱりここは夢の中なのだろうか。魔女がどこかから出てくるだろうか。
「お姉さん、これ、魔女にもらったすぐに眠れる目薬です」
私はギターのお姉さんに目薬を渡した。
「どうやってこれをもらったかは、熊さんが来たら話します」
お姉さんはにこりとして受け取った。
「澄美ちゃん、どうもありがとう。心配してくれてたのね」
私がこくりとうなずくとお姉さんは目薬をテーブルの上に置きギターを弾き始めた。いつもの夜の曲。近くで聴くのは初めてだ。ああ眠くなってしまう。でも寝ては駄目だ。今に熊さんがハニー・カフェオレを持ってきてくれるから。そうしたら二人に魔女に会った話をしなくてはいけないから。お姉さんにも目薬の話を…

(了)

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