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桜吹雪の中で【シロクマ文芸部】

桜吹雪の中、虫取り網を振っているおばあさんがいた。私は不思議に思って話しかけた。
「何をしているんですか? 花びらを集めたいならここに落ちている、よごれていない 綺麗な花びらを拾ったら 楽ではないですか? 」
網の中の桜が少ないので 私はそう思ったのだ。
しかし おばあさんは首を振った。
「この桜の木はこの公園で一番古い 桜の木だ。一年に一枚だけ、願いを叶えてくれる 桜の花が舞い落ちてくる 。それを地面に落ちる前に捕まえれば願いを叶えてもらえる。私はちょっと若がえりたいんだよ」
おばあさんはそう言った。
「どうすればそれが願いを叶えてくれる花びらだと知ることができるのでしょう?」
私は率直な疑問を投げかける。
「光っているんだよ、うすいピンクの光を放ってる。明らかに他の花びらと違うんだよ」
「それをつかまえたとして、どうすれば願いが叶うのですか?」
私は興味を持って畳みかける。
「ぱくり。と口に入れて飲み込んでしまうのさ。心の中で願いを唱えながらね」
おばあさんはそういうとお手本を見せるように網の中から一枚の花びらを取り出して小さな口を大きく開き、そこにその花びらを入れ、大げさに「ごくん」と飲み込んで見せた。
私はそのしぐさに笑った。
なんだかおかしくてたまらなくなって涙が出るまで笑った。
ハンカチで目のはしをぬぐってから、笑いすぎたことを謝ろうと思っておばあさんを見ると、そこにはきれいな中年の婦人が姿勢よく立っていた。
「ごきげんよう」
美しくほほえむと、その女性は桜吹雪の向こうに消えてしまった。

(了)



小牧幸助さんの企画に参加させていただきます


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