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新人ベンチとどんぐり

その公園はとても広いので、とてもたくさんのベンチがある。そしてそのベンチにはベテランと新人がいる。長いこと風雨にさらされると、朽ちて最後を迎えてしまうベンチもあるのだ。そのあとやってくるのは新人ベンチだ。
ま新しい新人ベンチは緊張している。自分はここでどんなベンチ人生…ベンチ生を過ごすことになるのだろう。しっかりとお役目を果たせるだろうか。どんな人たちが訪れるのだろうか。寒さ暑さ風雨に耐えられるだろうか。どんな喜びと悲しみがあるだろうか。いっしょに作られた仲間たちはどこへ行っただろうか…孤独で涙が出そうになる。
ベンチの涙がどこから出るかは私に聞かないでほしい。たぶん心の中で泣いているのだ。
私はおせっかいなのでもし新人ベンチに言葉を掛けることが出来るのなら、すぐさま安心できるような言葉を掛けて上げたい。
「あなたはとてもすてきなベンチね、新しくてとてもきれい(ここは古いベンチには聞こえないように配慮する)。公園を散歩するときあなたに座るという楽しみができたわ。この場所はとてもいい場所よ。桜の花びらが舞ってくるし、そこには大きな銀杏の木もある。野外舞台の演奏も見えるし、子供たちが遊具で遊ぶ声も聞こえる。素晴らしいわね」
こんな感じで。
でも私の声はベンチの不安を解消することはできない。ベンチの悩みに効果があるのは同じベンチの声だけなのだ。ベンチ同志はかなり離れていても声を掛け合うことができるという特技がある(らしい)。
新人ベンチが緊張しているとすぐに噴水前にあるベテランベンチから声が掛かった。
「よう、新入り!わしのようにしっかり働くんだな、一人前を目指して」「はい!よろしくおねがいします。でもどうなれば一人前と言えるのでしょうか?」「そりゃあ決まってる」
ベテランベンチは得意そうにそこで言葉を切った。
新人ベンチは続きをじっと待った。うっかり眠ってしまいそうだった。それは真夜中のことだったからだ。ベテランベンチもウトウトしたのかもしれない。何しろ彼はかなりの年寄りベンチなのだ。
寝ぼけたカラスがふいにギャアギャアと鳴いてまた静かになったところで、ベテランベンチから続きが話された。はっと目が覚めたのだろう。
「ここでの一人前の証は『どんぐり』だ。どんぐりを乗せてもらえば一人前といえる。どんぐりを置いてもらわないうちは、ダメだ!」
ベテランベンチはそこまでいうと寝てしまったようだった。
新人ベンチは天頂にきた満月の光を浴びながら考える。
(どんぐり?)
今は春が始まるところだった。桜がちらほらと、ポップコーンのはじけはじめのように咲いている。
新人ベンチはどんぐりのことを悩みながら眠ってしまった。

桜の季節は公園は忙しい。新人ベンチもベテランベンチに遜色のない働きをした。毎日おおぜいの人に心地よく座ってもらえることに苦心した。もちろんベンチには何もできないように見えるだろう。でもベンチがそうやって苦心している気持ちが座る人を幸せにしてくれている。
桜が散って、桜の木にまぶしいほどの黄緑の若葉がいっぱいにひろがったころ、ほっと一息ついた新人ベンチはどんぐりのことを思い出した。でもまだどこにもどんぐりなどない。あのあとすぐに、どんぐりのことを教えてくれたベテランベンチはいなくなってしまったのだ。もうどんぐりのことを聞けない。ほかのベンチはそんなこと知らないという。
ベテランベンチのあとに、新人ベンチより更に新人のベンチが設置された。新人ベンチは、さらに新人のベンチと仲良くなり、どんぐりのことを話して聞かせた。その一番新しい新人ベンチは思慮深いベンチだったので、どんぐりのことを静かに考えた末にこういった。秋になればわかるでしょう、秋を待ちましょう、と。

二人は秋を待っていた。とうとうどんぐりが木に実り、降り積もった落ち葉の上に、ぽたり、ぽたり、と音をたてて落ちてくる。
「木の実落つ…」とつぶやきながら、顔見知りになった俳句じいさんが行ったり来たりする。新人ベンチたちはそのじいさんにいつも季語を教わっている。
俳句じいさんがいなくなって夕暮れになり、すっかり日が落ちて外灯が灯ったころ。帽子とコートとマスクでどんな人かよく見えないあやしい男が新人ベンチに近寄ってきた。そしひとつかみのドングリを、ばらばらっと乗せる。男は歩き去り、一番新人のベンチの上にもばらばらっとどんぐりを乗せる。ついにベンチたちは新人ではなくなったのだ。どんぐりを乗せてもらえた。
「でもなんのためだろう」
新人ベンチはもっと新人のベンチに聞いてみた。彼の方がもっと新人だけれどもなんだか頭が良いのだ。材質が違うからだろうか、製造工場が違うからだろうか。
「待っていればわかります」彼はまたそういった。
その通りだった。そのまま待っていると、ベンチに乗せられたどんぐりを食べにリスがやってきた。
(えっ、この公園にリスなんていたのか)新人ベンチはおどろいて心の中で声をあげた。噴水前の賢いベンチから返事が届く。
(よく見てください)
言われた通り、自分の上でどんぐりを食べているリスをよく見てみる。それは案内看板の上にじっと乗っている木彫りのリスだった。リスは静かにどんぐりを食べ終えて去って行った。じっとみていると確かに看板の上に戻って行った。新人ベンチはどんぐりのことを教えてくれたベテランベンチさんのことを思った。ベテランベンチさんはこのリスが大好きだったのだろうな、と思った。         


*冬の夕暮れに散歩していると、いつもどんぐりがのっている乗っている謎のベンチがあるのです。いつかその話を書こうと思っていましたが、週末図工室さんのベンチの話を読んだので、勝手なコラボとして主人公をベンチにしてみました。


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