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一日遅れのミモザの魔法【短編】

近所のケーキ屋さんに入ろうとしたところで
「これ」
と言ってクラスメイトの男子から小さなミモザの花束を渡された。
「一日遅れだけど」
そして彼は走り去ってしまった。
私は春の光を束ねたようなブーケを手に途方にくれる。
一日遅れ?
誕生日は先月だったし。
ホワイトデーでもないし。
っていうか、ただのクラスメイトの彼にはそもそもチョコをあげてない。
っていうか、誰にもチョコをあげてない。
でも小さな花束は嬉しかった。
関心なかった男子だけど、嫌いなわけでもない。
頬があつくなってどきどきする。
男子から花をもらったのなんて初めてだ。
立ち尽くしていたらケーキを買って出てきた人とぶつかりそうになって慌てた。そうだ、ケーキ買いにきたんだっけ。店に入る。花を手にしたまま。
「あら?ミモザ?」
顔なじみの店主が花束に目を留める。
「今、同級生にそこでもらって…」
「へええ」
「一日遅れって言ってたけど、意味が分かんない…」
おしゃれな店主があははと笑う。
「昨日は『ミモザの日』だったから。もともとはイタリアで男性が女性に感謝をこめてミモザの花を贈る日らしいの。
そうそう。ミモザケーキはいかが?今週限定よ」
私はガラスケースの中をみる。ミモザの花みたいな黄色いケーキがある。
「じゃあそれを三つ下さい。
母の友だちが来るので一緒に食べるんです」
箱に入れたケーキを私に手わたしながら店主が歌うように言った。
「黄色いミモザの花言葉は『秘密の恋』。
だれの秘密の恋かしら。
今日のミモザケーキには、特別に、”一日遅れのミモザの日”の魔法がかけてあるの。私って魔女だから。知ってた?」
ウインクが飛んできた。私は慌ててぺこりとお辞儀して店を出た。
からかわれたようで恥ずかしい。顔はずっと赤いままだ。私は店を出た後、俯き加減で足早に歩いた。
家まではすぐだ。
すぐなのに、あれ…?

角を曲がると家が見えるはずなのに、見えているのは黄色い花が咲き誇る、大きなミモザの木がいっぱい生えたお屋敷だった。
お屋敷?そんな言葉、初めて自分の口から出てきた。そもそも近所にそんな家なんかない。私はあわてて来た道を振り返る。
あれ?曲がった角が見えなくて、そこにもミモザ屋敷の塀がカーブして続いている。塀からミモザの花があふれている。私は手にしているケーキの箱とブーケをぎゅっと握る。どっちに進もうか…進もうか、戻ろうか…
私は塀に沿って歩くことにした。するとそのうち塀が途切れて門があった。
門の前に白い前掛けをかけ銀に光るような白髪をぎゅっと結んだご婦人が私を待っているように立っていた。ご婦人…これも使ったことのない言葉だ。私、いったいどうしたの?
そしてそのご婦人が言った。
「あなた、ケーキをお持ちのようね?ミモザケーキでしょう?病気の奥様のためにそれをよこしなさい!」
「嫌です。これは母と母のお友だちのためのケーキです…あと私の…」
私は、ふいにこう言ってしまった。
「でも私の分だけなら病気の奥様に、あげます」
自分が言ったと思えなかった。奥様なんて人に言ったことないし、知らない人に自分のケーキをあげるだなんて。でも言ってみると、そのケーキをあげたら奥様の病気が良くなるのではないかと思えた。
私は箱をあけると、黄色いケーキを一つ手でそっとつかみ、前掛けのご婦人に差し出した。ご婦人は手を出してそっと受け取ると、さっきまでの威張った態度をすっと収め、輝くような笑顔を見せた。
「まあありがとうございます。ミモザケーキ。これを召し上がればきっと奥様もお元気になられます」
「そうですか。良かったです。奥様にお大事にってお伝えください」
どうしてそんな大人みたいな挨拶が出来るか分からなかったが、そういうと私はホッとした。老婦人はこう言った。
「あなたにも良いことがいっぱいありますよ。奥様にミモザケーキを譲ったのですから」
私は歩き出すとすぐに元の道に戻っていて、自分の家の前に着いた。
家の前にはさっきブーケをくれた男子がいた。
「ええと、さっき、ケーキも渡せば良かったなって後から思いついて…」
とケーキの箱を差し出す。
私は受け取る前に訊ねた。
「ミモザケーキ?」
「そう」
私はにっこりして箱を受け取ろうとしたが、ブーケと自分で買ったケーキの箱で手がふさがっていた。
「よかったら一緒に食べない?
そこのチャイム押してくれる?母が出てくると思うから」
私はおどおどしているクラスメイトにチャイムを押させた。
やっぱり今日の私はなんだか変だなあ。こんな堂々として。でもまあいいや。
ママはもうじき結婚する予定のボーイフレンドとミモザケーキを食べれば良い。
私は今日できた私のボーイフレンドとケーキを食べるのだ。きっと彼はミモザケーキをふたつ買ってきてくれたはずだと私には分かっていた。
ママは上機嫌で私たちにも美味しい紅茶を淹れてくれるだろう。

(了)



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