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人生最後の日に何を食べたいか

今日はしょうもないnoteかもしれない。

中学の時に 担任の先生とやりとりするのに使われるノート、あなたの学校にもなかっただろうか?
簡単にいうと担任との交換日記みたいなもので、もちろん時間割とか必要最低限のことも書くけれど 今日あったことを書いて、担任に読んでもらって、返事を書いてもらって、、、の繰り返しを行うものだ。

どんなに短い文章を書いても ハンコ1つで済まさずに返事を書いてくれる担任の先生たちの労力はすごいなぁと思ってしまう、今考えると。


そのやりとりの中で ずっと忘れられないのが、
「先生は世界が明日で終わるとしたら、人生の最後に何を食べますか?」という私の質問に、先生が
「寿司ですね。」
と返事をくれたことだ。

そもそもこれが忘れられないことが不思議なのだが....。
先生がお寿司を好きなんて、予想外!とか、あぁやっぱ最後は高級なものか〜とかそういう感情を抱いたわけでもなく、ただただこのやりとりが印象に残っている。
いわゆる、「なんでかわかんないけど なんか印象に残ってるんだよね」
というやつである。



さて、私が世界で1番好きな食べ物はアボカドである。
日本以外に行ったこともなければ飛行機にさえ乗ったことがない私が「世界一」なんて言うのはおこがましいかもしれないけれど、アボカド以上に美味しいものはこの世にないと思っている。

ちなみにインターン先の上司の方は超苦笑いしてた。(本当にごめんなさい。笑。)
アボカドが大好きと言われて返す言葉、ないよね....。

自己紹介でアボカドが世界一好きと言うと普通に引かれる.....ということは重々わかっているのだが、時々もはやウケ狙いで言いたくなってしまうのだ。



それはまたまたさておき。
じゃあ世界で一番好きな食べ物を人生最後の日に食べたいかと聞かれると、実はそうでもない。
なぜなら「アボカド」は市販、というか特別感はないからである。
なので「〇〇でしか売っていない△△」のようなものを食べたい、というわけだ。

最後に一口でいいから、食べよう食べようと思いつつまだ手を出せていないアレが食べたい....有名だし....人気店だし.....っていう気持ち。

だからこういう時に私はしょうもないことを考えてしまうのだ。
「先生が1番好きな食べ物は、寿司だったのだろうか?」と。

1番好きなものを1番最後に食べたいのだろうか、
それとも ずっと食べたかったけど食べ損ねているものとか 美味しさを分かっているけれど最近食べてないから 久しぶりにアレを味わいたい....なんていうふうに思えるものとか
を、食べたいのだろうか。
何が特別なのだろうか。


みなさんが人生最後に食べたいものは、みなさんが1番好きなものですか?




ここまで書いたところで、もう1人の私が囁いた。
「前も書いたかもしれないけれど、『世界が明日終わっちゃって自分が明日死ぬとしたら、最後に会いたいのは、あなたが1番愛する人ですか?』ってことなのよ。結局そう。
最後に会いたいのは 今1番愛する人ではなくて、
過去に猛烈に 周りが見えなくなるくらい夢中になった恋の相手なのか
叶わなかった恋を懐かしく思えるような相手なのか
ずっと手が届かなかったけれど実はずっと会いたかった人なのか
かつては1番愛していた、幸せになってほしい人なのか....
そういう話だよ。」

人生で1番特別だった人、大切だった人のことを あなたが幸せにできるとは限らない、、、とどこかで残酷な私が囁く日が来るのかもねぇ。


どうでも良い話、終わり。