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おもしろくない、と言えること

「おもしろい」ではなく、「おもしろくない」と言える人が私は好きである。

「おもしろい」っていうのは簡単だ。そんなに笑えなくても、愛想笑いしか浮かべることができなくても、口で「結構おもしろかったよね」なんていう風に言うことはできる。

だからこそ「おもしろくない」と言える人が好きだ。
おもしろくない、大して笑えるわけでもない、そういうことに対して「おもしろくない」と言える人が好きだ。

正直で。
大衆に流されない感じもして。

別に世の中の人の多くが「おもしろい」と思うものを、無理して「おもしろい」と思わなくたって良いのだ。
ちょっと価値観がずれていたって、あなたは別のものをおもしろいと思えるんだから、それで良いのだ。


ただこういうことを言うと、絶対にこう言われるのだ。
「でもみんなが同じものに対して『おもしろい』と言って笑っているときに1人だけ白けた人がいると、空気読めないやつって認定されない?」と。

まぁそりゃそうだよね。
ならどうせなら、せっかくなら、「おもしろい」と思うことが同じ人と、あるいは笑いのツボが同じ人と 一緒に過ごしたら良いと思うんだよね。



気が合わない人と行動しなければならないという「義務」は、大人になるにつれてどんどんなくなってくる。大学はもはや「学校」とは少し違うから。

だからこそ私はおもしろくない人やものに対して、率直に「おもしろくない」と言える人が好きだ。

「おもしろくない」と言う人がおもしろくて、どこかで好きだ。


「おもしろくない」と思えるものが同じ人となら、案外うまく人間関係が築けるかもしれないよ。
「おもしろい」と思えるものが同じ人、以上に。