ハリー・スタイルズ 『ハリーズ・ハウス』全曲解説
祝! 全米・全英チャートNo.1デビュー!
ケンドリック・ラマー『Mr. Moral & The Big Steppers』の全曲解説、多くの人が覗きに来てくださって、予想を上回る人数に購入していだきました。ありがとうございます(「サポート」までしてくださった方、感謝しています)。と同時に、kusege.comみたいなブログだと思ったのに、有料だったため「あれ?」と思った人も少なからずいたかと思います。プロの仕事として書いたので「申し訳ない」は少しちがうけれど、お礼の気持ちはなにかしら示そうかな、と。
「ごめんなさい」より「ありがとう」のほうが気持ちいいですよね。
ということで、ハリー・スタイルズの3作目 『ハリーズ・ハウス』の全曲解説を無料公開します!!
ケンドリックよりずっと文体も内容もゆるいので、そんなに大いばりで無料公開!と謳うな、ってかんじですが。最近のヒップホップ作品聴きどころのざっくり解説も検討しました。でも、得意ジャンルはどうしても力が入ってしまう。ポップ・フィールドのハリーは専門ではないので(=あまり期待されていないので)、プレッシャーが少ないのです。
そもそも、私はワン・ダイレクションにあまり興味がなかった人間です(わー、長年のファンの皆さん、離脱しないで)。彼らの全盛期、2010年代前半は私が住んでいたアメリカでも1Dはそれなりに人気がありました。ただ、10〜20代前半限定のムーブメントだったので、私としては「前髪の分け目と方向がかなりおかしいボーイズ」くらいの認識でした。ハリー・スタイルズは、ソロになってからの好感度がグッと上がった人。ほかの人とまったくちがうことをしている点が好きです。ここ数年の最大の功績は‥‥パールのネックレスを着けて流行らせたこと!(←音楽じゃないんかい!) これ、21世紀の服飾/ファッション史に刻まれる偉業ではないでしょうか。
とかなんとか、30年後の服飾年表に刻まれそう。パールをつけているハリーを初めて見たときはびっくりしたけれど、似合っていて感心したし、あとに続いた男性を素直におしゃれだな、と思えました。最近の彼は、もっとおもちゃっぽいネックレスをつけてますよね。
はい、サード・アルバム『ハリーズ・ハウス』の話を。最初に聴いたとき、「お、こう来たか!」と心のなかで拍手。パッと聴いたかんじはキラッキラに響く曲にチクチクと小さな針が入っていて、「イギリス人っぽいなぁ」と。サウンドは前2作が70年代オマージュ強めなら、今回は80年代オマージュ。当時、イギリスの音楽を熱心に聴いていた人間なので、やられっぱなしです。ジャンルとしてはファンクが入ったポップ・ロックですが、細かく聴くとニュー・ロマンティックっぽくもあり。私はニューロマ育ちなので、初めて聴いたのに懐かしい、というあの感覚を味わいました。プロダクションは、前2作と同じ、キッド・ハープーンとテイラー・ジョンソンとがっつり組んで作っています。
まず、タイトルから。『ハリーズ・ハウス』は、細野晴臣さんの『HOSONO HOUSE』にインスパイアーされた、はもうあちこちに出ている情報です。ここ最近の大型リリースは、「外国の影響が強い日本のポップス」の先祖返りというか、もう1度もともとの影響もとだった海の向こうまで戻す動きが多く、興味深いですね。日本のハンバーグとかナポリタンの美味しさが新鮮なかんじかしら‥‥ちがうか。ザ・ウィークエンド「Out of Time」しかり、ロザリア「HENTAI」「SAKURA」しかり。細野さんの音楽性を語ると墓穴をずっぽり堀りそうなのでやめておきます。YMO「ライディーン」を小学校の校庭で踊った世代ではありますが(なんだったんだろう、あの大流行)、音楽は熱心に追いかけていなくて、『細野観光 1969-2019』を六本木ヒルズで鑑賞したくらい。
全曲解説に入ります。
1. Music for Sushi Restaurant
「いや、この曲がかかっている(=しっくり来る)鮨屋ってどこにあるのよ?」って思ってしまいました。「パーパッパー♪」ってあなた。一生懸命考えて、浮かんだのがニューヨークとマイアミのSushi Samba(スシサンバ)。おいしいけれど、カラフルすぎて落ちつかないお店です。いま、調べたらニューヨーク店とマイアミ店は閉まったらしく、イギリスとドバイとラスベガスにあるらしい‥ってお店のコンセプトごと買収された模様。海外のハイコンセプト飲食店あるあるですね。てか、お鮨屋さんでは音楽はかかってなくていいや。
話が逸れました。ハリーのファッション・センスは買収こそされていないけれど、GUCCIの広報を引き受けてから影響力に弾みがついたのは事実。ここで、ハリーと細野氏の共通点を一つ指摘しましょう。ふたりとも、お坊っちゃまです。「お金がいっぱいある家で育った友人」によくしてもらっているのもあり、私は生まれついてのお金持ちを才能のひとつと捉えています。成長期に触れたものが広範囲のせいか、鑑識眼が鋭い人が多い気もします。『細野観光 1969-2019』はたまたまリッチ・フレンドと行ったのですが、細かい理解度がちがって「この時代に東京の〇〇に住んでいるのはこういう人たち」とか解説してくれて楽しかった。
で、ハリー。ワン・ダイレクションのメンバーは、ワーキング・クラス(労働者)出身が多く全体のノリもそちらです。念のために書くと、イギリスのワーキング・クラスは貧困層ではなく、生活レベルは日本の中間層と変わりません(働いているのですから。働いているのに貧しいのは本来おかしいのです)。ハリーのファッション・センスにはスペシャル感、さらに言えば王子様感があるなぁ、と気になって調べたら、メンバーのなかで唯一「ワーキング・クラスではない、裕福な育ち」と特定しているサイトがありました。こういう追跡能力はガチのファンには敵いませんね。チェシャー出身のハリーが7才のときに両親が離婚しているのは知られていますが、お母さんのアンさんはそのあと2回再婚しているんですね。実父はホワイトカラーの中流階級だし、いまのお父さんはかなりのお金持ちだとか。
ハリーの生い立ちにこだわっている理由はあとで詳しく書きます。ここでは、「世界のどこにいても、自分が<家>と感じられたら、そこは<家>」がコンセプトの本作と、細野氏の世界観がやんわりリンク、共鳴しても不思議ではないと考察しておきます。
2. Late Night Talking
あれ、この曲のベースライン、パワー・ステーション「Someone Like It Hot」じゃない? と思った年季の入った音楽ファン、私以外にもいるのでは? パワー・ステーションはデュラン・デュランのジョン&アンディ・テイラーとロバート・パーマー、トニー・トンプソンで結成されたバンドで、1985年のセルフタイトルのアルバムは衝撃的でした。ドラマーがシックの人のせいか、ポップ・ロックでも絶妙に黒い音でかっこ良かった。この曲はもっとライトだし、途中の転調でドリーミーになりますが。
あらら。夜中にずっと話をしているのはいま、交際中のオリヴィア・ワイルドでしょうね。「I have never been a fan of〜」は「あまり好きではない」の婉曲な慣用句ですね。上品。アメリカの本作のレビューで、彼の作詞能力にケチをつけている人がふたりもいました。「状況や感情を特定できていない」と手厳しい。パンデミックの最中にハリウッドとロンドンをしょっちゅう行き来する人なんてそう多くないだろうし、簡単に特定できるのに。人気俳優のオリヴィアさんは『ブックスマート 卒業前夜のパーティー』で監督デビューしています。ハリーは、彼女の監督2作目『ドント・ウォーリー・ダーリング』の準主役なんですね。わかりやすい職場恋愛。今秋公開予定です。楽しみ。
3. Grapejuice
このグレープジュースは赤ワインのこと。愛しい人と庭で赤ワインのグラスを傾けるのを心待ちにする日々がテーマ。これを2022年に作るなんてどんだけ、とは思いますが、いい曲です。ただ、このアルバム全体を覆うサブスタンス・アビューズ(薬物乱用)の影が色濃くなってきました。日本ではやたら寛大なアルコールも、中毒症状を引き起こす合法薬物ですから。
ワインの種類と、かわいらしい恋愛から大人の恋愛に移ったのを引っ掛けていて、すてきです。「前よりもっとお金をかけるようになった」とも言っていて、どんなワインを飲んでいるのか、ちらっと気になります。
4. As It Was
大ヒットしたシングル。このトラック、最近とくに多いa-ha「テイク・オン・ミー」再解釈ですよね。もう開き直って、ザ・ウィークエンド「ブラインディング・ライツ」とつないで聴きましょう。a-haは初来日のときに小学生だった妹と一緒にライヴを行った記憶があります。デュランx2やカルチャー・クラブ、カジャ・グーグー(!)とちがってほかの曲は覚えていないのですが、再評価が一番もり上がっている現状をみると、そこそこ長く売れるより、一発ドカンと売れたほうがいい、という見方もできるかもしれません。
「ちょっと、ハリー! おやすみって言いたいだけなのに!」と頭にかわいらしい声が入るのは、5才のゴッドドーターの留守メッセージです。ゴッドペアレンツは親に何かあったときに面倒を見るのが前提なので、けっこう責任重大。「かわいい」を渋滞させるあたり、さすが元ボーイ・バンドとちょっと鼻白みますが、これだけ突き抜けたポップが似合う28才はなかなかいないのも事実。
曲調と不釣り合いな、痛々しい状況を赤裸々に歌っています。最後のブリッジに「アメリカに旅立った 子どもふたりは彼女についていった」というラインがあり、子どもがふたりいるオリヴィアさんの話だと取っているファンと、お父さんとお姉さんとハリーの関係だと解釈している人がいるようです。私はお父さんの話のような気がします。
5. Daylight
中盤に入り、不穏な空気が強まります。
蜂蜜の中に顔を突っ込むイメージが浮かびました。ハリー・スタイルズ、くまのプーさん説。いずれにしても、ストーカー気味の緊張感あふれる恋愛をしていますね。
6. Little Freak
昔の彼女か、好きだった女性についての曲。小さなフリークとか、悪名高きイスラエルの王妃、ジザベルの名を持ち出すあたり、だいぶ翻弄されたようです。その一方、そのままでいてほしい、との想いも溢れていて。
バースマークは母斑のこと。ずっと抱えている心の傷とも取れるし、体のどこかにある痣(=ふたりに肉体関係はない)とも取れます。ハリーは元カノが多すぎるのでだれかわからないし、元カノですらないかもしれないのですが。キラキラしながらも後悔の念が伝わってくる、もの哀しくて好きな曲です。ベースがピノ・パラディーノです。働き者。
7.Matilda
「解説文を書かなきゃ!」と思ったのは、この曲のせい。「マチルダ」のすばらしさをどうしても伝えたくて、パチパチ打っている私です。
最初に聴いたとき、「あ、ロアルド・ダール!」とピンときました。ハリーもインタビューであっさり認めています。『マチルダ』は児童文学も多く書いた小説家、ダールの代表作。家族から愛されなかった少女マチルダが、自分を大事にしてくれる人と一緒に暮らすことを選びとる物語です。ミュージカルにもなっている有名なストーリー。
日本でロアルド・ダールはエーリッヒ・ケストナーやミヒャエル・エンデほどは知名度がないのかな? スティーヴ・マックィーン監督『スモール・アックス』の4話目にも出てきて、同作についてのポッドキャストでも話してきたばかり。2021年、ダール作品の映像化の権利をネットフリックスが買ったのがニュースになりました。こちらも再評価ブームですね。
曲の歌詞でハリーは「マチルダ」と呼んではいるけれど、「彼女」ではなく「you」なので一瞬、彼自身の話かと思ってしまいました。生い立ちを調べたのもそれが理由。ハリーはお母さんのアンさんと仲がいいのでちがうようです。コーチェラでカントリーのシャナイア・トウェインをサプライズゲストに呼んだのも、アンさんが大ファンだからとか。なんて、親孝行。
だとすると、「マチルダ」は彼が知人を想って作った曲でしょう。それが、世界中の親に大事にされなかった子どもたちと、元子どもたちに「自分は悪くない、大丈夫だよ」と声をかける曲に仕上がったのです。ポップとしては斬新な切り口。チェロとサックスの音色と儚いハリーの歌声で、すべての、そしてかつての「マチルダ」たちを癒すなんて。シングルにはきっとならないけれど、とても重要な曲です。
8. Cinema
ハリーの作詞能力があーだこーだ問題について前の「マチルダ」で反論できたように思ったのですが、この曲で少し雲行きが怪しくなります。「君はシネマ」とか「僕はシネマ」とかぼんやりし過ぎていて、何言っているのかよくわからん状態。アメリカのクラブではDJが盛り上げるときに、「いま、映画のワンシーンみたいだよね!」とか叫ぶのを思い出しました。あれ、ナルシシスティックであまり好きではないです。
そのまま受け取ると、オリヴィアさんへのラヴソングでしょう。
9. Daydream
白昼夢みたいに生きている、微睡みながら日中を過ごす、ハリーさん。
この"Love me like you paid me"のラインが、英語圏でひんしゅくを買っています。日本語に訳すと文学っぽくて悪くないですけどね。1D時代のハリーの残像を引きずっている人には、刺激が強すぎるのかな。そうそう、8曲目とこの曲のギターはジョン・メイヤー。最後のコーラスの絶唱がイケています。
10. Keep Driving
ドライブをしているせいか、少しフランク・オーシャン味がある曲です。
話が飛んでいるので、ハリー自身が「under the influence(何かしら摂っている)」状態かもしれません。アメリカの暴動が出てくるから、2020年に書いた曲でしょうか。このアルバムでもっとも社会的というか、時代を感じさせる曲ですが、十分に浮世離れしている。そうそう、この曲と「As It Was」でハリーはドイツの鉄琴、グロッケンシュピールを叩いています。おいしそうな名前ですが、鈴みたいなきれいな音色の楽器です。
11. Satellite
「新しい生活を始めたんだね 僕 邪魔しているかな?」で始まり、衛星のように距離を取りながら彼女の周りをグルグル周り、ひっぱり入れてくれるのを待っています。うん、またストーカー気味。何度か書いていますが、クリス・ブラウンでも故ジュース・ワールドでもいまの20代の男性のラヴソングはむき出しというか、ひと昔前の「男らしさ」をかなぐり捨てた歌詞が多いですね。それで楽になるなら、いい傾向。
12. Boyfriends
「彼氏たち」というタイトル。パッと聴くとシンプルですが、よくよく聞くと視点が変わっていて誰のことを言っているのかわからなくなります。最初のヴァースでは、自分を大事にしてくれない彼氏たちの酷評しつつ、「それでまたやり直しだ」と女性を突き放していうように聞こえる。ところが、コーラスで様子が変わります。
これは、ハリー自身のように聞こえます。そこで出てくるのが、最近はアップル・ミュージックのインタビューといえばこの人、のゼインさん。彼のインタビューでの説明を引用すると、「自分の姉や周りの人の交際を目にしたり、自分自身の経験を思い出したりして書いたパッと書いた曲」だそう。恋愛遍歴が激しいハリーのこと、ちょっといい加減なパターンが混じっても不思議ではないです。この曲で3種類のギターを操っているのは、ベン・ハーパー。参加者もなにげに豪華なら、音の機微を少しずつ変える繊細なアルバムです。
13. Love of My Life
最後はミッドテンポのラヴ・バラッドです。「本命だったのに」と過去形で語りかけている相手の描写がないので、だれかわからないし、そこがポイントなのかもしれません。「ボーイフレンズ」の次に置いたのは、過去の恋愛への懺悔の気もちからでしょうか。
本作についてのハリーの言葉を、前述したインタビューから引用します。
私も気に入っていますよー。滅入りがちな2022年の初夏、救いのようなアルバムです。珍しくポップ・アルバムの全曲解説をしてみたら、サウンドはまったくちがっても、ドラッグやお酒、恋愛、やるせなさといった感情、視点をみんなが共有しているんだな、と思いました。曲の雰囲気でハッピーなアルバムだと思っていた人を裏切るような解説になってしまったかもしれません。
でも、これが2022年なんです。
以上です。ハリー・スタイルズだし、ポップだし、3000〜4000字くらいにまとめようと思ったのですが、まんまと1万字になってしまいました。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
勉強になった、と思った方、サポートしていただけるとうれしいです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?