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終戦

「お世話になりました」

 今日を以て、俺はこの戦場から姿を消す。戦いは終わったのだ。この日を待ち望んでいたはずなのに、どこか現実味がない。本当に終わったのだろうか?

「貴職は潰れ掛けたこの部署を1から、いや0から建て直し、従業員の定着率向上に寄与した。その貢献は計り知れないものであり、我が社の永遠の資産となるだろう。感謝する」

そう言って、賞状を渡すと共に社長が頭を下げる。俺もそれに倣い、黙って頭を下げた。社長室にある古い資料が放つ独特の匂いが俺を包んでいた。

思えば酷い職場だったと思う。戦場と呼ぶに相応しい苛烈を極めた職場だった。

プレッシャーとストレスと高い目標と低い待遇で何人もの退職者が出た。それは時々の個々人が悪いのではなく、昔からのシステムを更新できなかった組織にこそ原因があった。
「すみません、辞めさせていただきます」
涙ながらに最後通告を突き付けられるのはいつの間にか俺の役割になっていた。

自分の事だけを考えるのであれば、さっさと辞めるのが正解だったのだろう。だが、ここで何もしなければ下手をすればこの部署起因で倒産しかねない。そんな不安定さと不穏さがあった。

なればこそ、辞令一つで何処へでも行った。山田さんが来た。これで安心だという声はいつしかどこの部署でも聞かれるようになった。

どこかでそのような噂を聞きつけたのだろう。親会社のお偉いさんが俺をわざわざ指名して逆出向の辞令を突き付けてきた。俺は初めて、会社に反抗した。それは同時に、俺の組織人としての終わりを告げていた。

冗談じゃない。俺が勤めたいのはグループを取り仕切るなんちゃってグローバル企業なんかじゃない。泥臭くとも現場で足掻ける、この会社なんだ。

全ての儀式を終えて社長室を出ると、直属の部下が花束を持って立っていた。
「本当に、お世話になりました」
「こちらの台詞だ。色々世話になった」

山田さん、山田さんと歩くたびその後も声をかけられ、ちゃんと会社を出られたのはすっかり日が暮れた後だった。

この景色も見納めか。

俺は深々と一礼する。

ここで働けて良かった。

俺の第二の故郷ともいえる、この会社が更に発展し、光栄在らんことを祈る。

その瞬間、極超音速ミサイルが着弾し、周囲一帯を巻き込みながら激しく炎上した。山田はなす術もなく巻き込まれて絶命する。
命の灯火が消えるその刹那、やはりかと確信する。このタイミングを狙われたのだと。

競合他社め。全く、容赦無い。

ここに一つ、終戦を迎えた。

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