見出し画像

『太宰治は、二度死んだ』第一章・東京篇(第3話)

前話 / 次話 / 第1話

 
 あの晩から二週間ほど過ぎ、わたしが津島修治さんのことを殆ど忘れかけた頃、意外な人がわたしを訪ねてきました。
 
 最初はただ、お友達と二人連れで来た学生さんというだけで、そのうちの一人がまさか兄に頼まれてわたしの様子を見にきた旧知の方だとは、夢にも思っておりませんでした。
 一人は珈琲を、もう一人はココアをご注文になったのですが、そのココアを飲んでいる方の学生さんが、ちらちらとわたしの方を見ていらっしゃるように感じはしたものの、見られるのは女給の仕事のようなものなので、別に大して気にも留めていなかったのです。
 二人は間もなくお店を出られましたが、すぐにココアの方の学生さんだけが戻ってこられました。
「お忘れ物ですか」
 とおたずねすると、
「しいちゃんじゃろ?」
 いきなり仰ったので、わたしは思わずどきりとしてしまいました。
 わたしを〝しいちゃん〟と呼ぶのは、わたしの本名〝田部たなべシメ子〟を知っている郷里の人ということになります。
でも、なぜあんなにどきりとしたのかは、自分でもよくわかりませんでした。
和夫かずおじゃ、あんたのお兄さんの友達の」
「あ」
 山本和夫言います、お兄さんにシメ子さんの写真を見せてもろうて、卒業前のコンクールに出す絵のモデルとしてぴったりじゃ思うたんです。丁寧に頭を下げた顔に浮かんでいたのと同じ笑顔が、今眼の前にありました。
「君がすっかりお洒落な東京の女性になっとって、見違えてしもうた」
「急に、しいちゃんなんて呼ばれたけぇ、わたしもびっくりしてしもうたわ」
 先輩女給であるお島姐さんにちょっと断りを入れてから、わたしは店の裏手で、少しだけ和夫さんと立ち話をしました。
 俗に男子三日会わざれば、と申しますが、最後にお会いしたのが三年前のこと、坊主頭だった髪を伸ばし、都会風の服に身を包んだ和夫さんをすぐにそれとわからなかったのは、無理からぬことだったかもしれません。
 ただそれとは別に、この〝三年間〟という時間が、わたしにとっては十年か、あるいはそれ以上にも匹敵する距離をもって感じられるのもまた事実なのでした。
 
 わたしが和夫さんの連絡先が書かれた紙を大事にお財布の中にしまって、自然と弾むような足取りでお店に戻りますと、お島姐さんがすっと寄ってきて、
「また、ちょび髭のムカデが来てるわよ」
 眉を顰めました。
「え」
 わたしが姐さんの視線の先を辿る間もなく、
「おう、あつ坊来たか、来たか。はやく、こっちへ来い!」
店中に響き渡るような大声がわたしの耳朶を打ちました。
 小柄な野崎さんが席から伸び上がるようにして、わたしを手招きしていました。
「よし、あの遊びをしよう。お前が勝ったら、なんでも好きな服を買うてやるぞ」
 野崎さんはわたしの肩を両手で掴むと、押さえつけるように自分の隣に座らせました。
「よいか、あつ坊。今からお前は人形じゃ。五分間、ちょっとでも動いたらあかんぞ。五分きっかりじゃ。五分動かずにおられたら、何でも好きな物を買うてやろう」
 野崎さんは背広の内ポケットから金色の懐中時計を出し、テーブルの上にもったいぶって置きます。
 それから、鼻の下のちょび髭を一回舌で湿らすような仕草をすると、わたしの首筋やら腋やらをくすぐり始めるのでした。動くなよ、動いたらお前の負けぞ、と金壺眼かなつぼまなこを引きつらせながら。 
「人形ごっこ」
 野崎さんは来られる度にこの遊びをなさりたがり、その人形の役を仰せつかるのは、いつもわたしでした。
 別にわたしがお気に入りとかそういうことではなく、単に小便臭い小娘の方が大人しく言うことを聞きそうで、都合がよいと思われたからなのでしょう。 
 野崎さんは、大正三年に世界大戦が勃発してから始まった、所謂いわゆる大戦景気で事業を拡大された御一人だそうです。
 以前、新世界にも〝船成金〟と呼ばれるお客さんがいらして、派手にお金をお使いになったものですが、野崎さんは逆に大変にケチな方で、チップはいつも相場の最低、それさえ時には忘れたふりをして払わないこともありました。
 ですから、野崎さんは陰で女給たちから〝ムカデ〟と呼ばれていたのです。
〝ムカデ〟というのは女給たちの隠語で、〝イヤな客〟のことです。
「あつ坊、今日は頑張っておるなあ。あと三十秒じゃぞ。……お、もう二十秒じゃ。……今日はいけるのではないか、あと十秒……」
「いや!」
 わたしは思わず野崎さんの手をはたき落としました。
「こら、あつ坊! 人形のくせに動くやつがあるか」
「胸には触らないお約束です」
「何を大袈裟な。減るもんでもなかろうに」
 
 ――減るもんでもなかろうに。
 女給になってから、何度この言葉を投げつけられたことでしょう。
そらチップをやろうと言いながら、お尻やお乳のあたりを撫でられ、思わず悲鳴を上げる度に、唾でも吐くように、この言葉を浴びせられました。
こんな商売をしている女が気取ってやがるという蔑みと苛立いらだちを込めて。
 減るもんでもなかろうに。本当にそうなのでしょうか。お客さんの手にお尻や胸を触られる度に、わたしの中の何か――大事な、柔らかい何かが、無残に擦り減り、損なわれていく気がするのです。
 でもそんなわたしは、お客さんにとって、きっと生意気で興ざめな小娘なのでしょう。
「とにかく、動いたからにはお前の負け、服はおあずけじゃ。いやあ、残念じゃったなあ」
 野崎さんに、わたしの服を買ってくれる気などさらさらないのは、よくわかっていました。
 もしわたしが、五分間本当に動かず、じっと拷問のような時間に耐えていれば、野崎さんは最後の最後に、どうしても動かずにいられなくなるような、さっきよりもっと破廉恥はれんちなことをするに決まっているのです。
 ただ、わたしに手をはたき落とされるとは、野崎さんにしても少し思いがけなかったと見えて、すっかり興をそがれたように、ちっと舌打ちなさいました。
 女給の分際でお客さんの手を打つなど、もし支配人にでも知られれば、たっぷり油を絞られることでしょうが、いくら小便臭い小娘にも、五分の魂というものがございます。
「あつみちゃん、ちょいと」
 ちょうど折よく、お島姐さんが呼んでくれたので、わたしは野崎さんに頭を下げて席を立ちました。野崎さんは憮然としたご様子で、そっぽを向いておられました。
 姐さんは、いかにも仕事のことを指示するようなふうをして、
「よくやったわね。あんたに手を払われた時の、ムカデの顔ったらなかったわ」
 と囁き、口元を隠して笑いました。
 やがて野崎さんが席をお立ちになったのでお送りすると、いつもよりほんの少し多めにチップを下さいました。
 野崎さんはちょっと毒気を抜かれた様子で、ちょっと手を上げると、ステッキを振り振り雑踏の中に消えていきました。 
 
 昔恋しい銀座の柳
 仇な年増を誰か知ろ
 
 お島姐さんがカウンター脇の蓄音機をかけると、佐藤千夜子の〝東京行進曲〟がお店の中に漂い流れました。
 歌の名前は勇ましいのに、歌詞もメロディーもなんとも哀しくさびしい歌です。聞いているうちに、いつかわたしも呟くように口ずさんでいました。
 
 ジャズで踊ってリキュルで更けて
 明けりゃ女給の涙雨
 
 本当の歌詞は〝ダンサーの涙雨〟なのですが、わたしは〝ダンサー〟のところを〝女給〟に替えて歌いました。
「明けりゃ、女給の涙雨……」
 その雨は誰にも知られぬ暗渠あんきょのように、お乳の間を流れ落ちる暗い川になるのです。
 お店の中から外を覗いていると、街の通りに並ぶ電灯が燈りました。
 銀座全体が、小さなお伽の国のようにぱあっと輝き出す時刻なのでした。
 ――和夫さん、これがわたしの生活なの。
 わたしは、そっと心の中で呟きました。
 こうしてぼんやりお伽の国の灯を眺めていると、故郷の広島から遠く遠く離れてしまったという思いが、ひたひたと胸に迫ってくるのでした。


前話 / 次話 / 第1話

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切: