『太宰治は、二度死んだ』第三章・東京篇Ⅱ(第27話)
「修治さん、その恰好どうしたの?」
「どうもしないさ。おかしいかい?」
東京帝大仏文科に在籍している修治さんが、東大の制服制帽を身につけているのは、むしろ本来あるべき姿なのかもしれません。
でも、いつもは殆ど絣の着物姿で、ついぞこういう恰好を見たことはありませんでしたし、またその制服が仕立て下ろしのように真新しく、なんとなくお芝居の衣装みたいに見えてしまうのです。
修治さん自身もその点は気になるらしく、
「実は長いこと、質に入れてたんだ」
わたしがまだ何も訊かぬ先に、言い訳じみたことを口にするのでした。
「とんだ衣替えね」
その日はちょうど十月一日で、衣替えの日だったのです。
わたしのような商売の女にとって、衣替えというのは大事な日で、女給たちは皆、多少無理をしてでもお召を新調していました。
わたしはと言えば、銭湯へ行くお金も節約しなければならぬ暮らしぶりに加え、最近修治さんのツケの立て替えがかなり嵩んでいたこともあり、とても冬服を新調する余裕はありませんでした。
わたしの声が、無意識のうちにどこか棘を含んだものになっていたのか、修治さんはあきらかにうろたえました。
何しろ、高校生の時から芸者遊びをしてきた人ですから、わたしだけ衣替えをしていない理由にすぐ思いあたり、責任の一端が自分にあると感じたのかもしれません。
「修治さんも今日から心を入れ替えて、真面目にお勉強するわけね」
わたしが笑って言うと、修治さんはようやくほっとした顔になり、
「末は博士か大臣か。やはり出世して、社会の役に立たねばならんね。いざ革命でも起これば、ドン・ファンなんかさしずめ、真っ先にギロチンにかけられるクチだから」
いつものお道化で、お茶を濁していました。
この奇妙な衣替えから五日ほど経ったでしょうか、わたしはついに我慢できなくなって、修治さんに問い質したのです。
「ねえ、修治さん。ほんとうに大学の講義に出ているの」
「なんだい、この制服を見てもまだそんなことを言うのか」
「その制服が余計あやしいんだわ。いったい誰に見せるために、急にそんなもの着るようになったのよ」
「あっちゃんに、さ。僕が本当に帝大の学生だってこと、信じてもらおうと思ってね」
「冗談はやめて。わたしは今まで一度だって、修治さんの話を疑ったことはないわ。ねえ、もしかしてそれ、女の人と関係があるんじゃないの」
修治さんは一瞬、棒でも呑んだような顔をしました。
震えて泳ぐ目をあらぬ方に向けていましたが、やがてぼそりと、
「女の勘ってやつか」
と言いました。
「お生憎さまね、女の勘で。でも、当たったでしょう」
「うむ」
観念したのか、修治さんは神妙な顔で頷きました。
「じゃあ、潔く白状なさい」
「うむ」
それでもなお暫く躊躇して、ようやく修治さんは重い口を開いたのですが、その内容はわたしが思っていたよりずっと深刻でした。
「初代がね、足抜けしたんだよ」
「初代?」
「紅子の本名さ」
「ああ」
修治さんが高校時代、花柳の巷に出入りして、紅子さんという半玉とかなり深い馴染みになり、結婚を迫られたこともあるという話は、以前に聞いたことがありました。
紅子――野沢家という置屋の抱え芸妓で、本名は小山初代さんというのだと初めて知りました。
その方がいきなり出奔し、修治さんを頼って東京へ出てきてしまったというのです。
修治さんは〝足抜け〟という古風な言い方をしましたが、要は置屋に借金のある身で行方を眩ましたということです。
足抜けは置屋にとって許すまじき重罪で、少し前まで、遊女が足抜けに失敗して連れ戻された場合には、朋輩たちへの見せしめのために、燻し責めのような恐ろしい折檻が、半ば公然と行われていたそうです。
聞いているうちに、わたしも血の気が引く気がしました。
初代さんはもう半玉ではなく、一人前の芸妓で、そういう人が足抜けしたとあっては置屋の名にも大きな傷がつきます。
とりわけよくないのは、たとえそれが修治さんの本意でなくても、形の上では、修治さんが初代さんを匿っているように見えてしまうことです。
もし野沢家に初代さんの居場所が知れれば、以前馴染みだった修治さんが初代さんを唆して足抜けさせたと疑われる可能性は十分すぎるほどありました。
「初代は元々、芸妓が厭で厭で仕方なかったんだよ。以前僕に結婚云々の話を持ち出したのも、津島家の倅なら自分を身請けできると思ったからなんだろうね。もうどうしてもあの置屋にはいたくないというんだが、だからと言って僕を頼られてもなあ!」
修治さんは右手で髪を掻きむしり、左手の親指の爪を噛みました。
高校生の修治さんが、初代さんとどういう話になっていたのかは知りません。
でも、今回の初代さんの出奔が、修治さんにとって晴天の霹靂だったのは確かだと思います。
あの奇妙な衣替えの理由が、よくやくわかりました。自分を頼ってきた初代さんを追い返すこともできず、かと言って狭い部屋の中で差し向かいでいる息苦しさにも耐えかねた修治さんは、大学の講義があるからと言って、毎日家を出るのです。
質に入れてあった学生服をわざわざ受け出して着たのは、そうしないと初代さんに疑われると思ったからに違いありません。
実際には講義に出ないのに、毎日制服に身を包んで下宿を出る修治さんの姿は滑稽ですが、わたしもさすがに笑う気分にはなれませんでした。
「それで、修治さんはどうするつもりなの?」
「どうもこうもない。長兄に相談することにしたよ。兄とはあまり関係がよくないんだが、この際だから仕方がない。こういうのは、僕じゃだめだ。長兄は津島家の当主だし、青森県議会議員でもあるからね。野沢屋と穏便に話をつけてくれると思う」
修治さんは肉親の愛情に飢えた人でした。
温かな愛情に飢えて苦しみながら、それでも誰よりも肉親の絆を信じようとする人でした。
わたしは内心、修治さんが必死の思いで書いた小説を「家の恥になる」と言って連載中止に追い込んだ文治さんが、本当に修治さんを助けてくれるか疑問だったのですが、ほかにいい手段も思いつかないので、黙っているしかありませんでした。
溜まっていく一方のツケのこと。十一月の末に武雄兄が上京すること。
わたしにも話したいことはいろいろあったのですが、爪を噛みながら宙を睨んでいる修治さんを見ると、結局何も言い出せませんでした。