【演劇】『LGBT、治します。』(10/16)

シーン10 ヘテローシスを飲ませた結果

カナタ、シュンスケ、アカリの3人がいつものように空き教室でだべっている。
カナタはただ机に座っているだけ。シュンスケは問題集を解いている。
アカリはやはり『それでいい。自分を認めてラクになる対人関係入門』を読んでいる。

カナタ: もうすぐ期末とか最悪すぎるーー。
アカリ: 今回は赤点何個目指すんですか? 九個?
カナタ: うるせーー。
シュンスケ: そろそろ勉強しな。夏休み前最後のテストだよ?
カナタ: お前は僕のお母さんか。あー、大学どこも受からなかったらどうしよ……(頭を抱える)
シュンスケ: え、まだ進路表出してないの?
アカリ: もう締め切り、明日とかですよね?
カナタ: わかってるけど、けどさー、この頭のレベルで入れるとこってどこ? もうマジ無理~。

ハルカ、ミーティングルームにやってくる。

シュンスケ: あ、ハルカ。 
カナタ: なんで来たの?
ハルカ: ダメ? 来ちゃ。
カナタ: そうじゃないけど。
ハルカ: ちょっと謝りたくて。

ハルカ、手に持っている小さな紙袋から手作り風のビスケットを出す。

ハルカ: ほら、作ってみたの!

ハルカ、ビスケットを手渡していく。

シュンスケ: へー、手作り?
ハルカ: そう!
アカリ: (ビスケットを観察して)かわいいですね。
ハルカ: ありがと。

シュンスケとアカリは、その場で袋を開けてビスケットを食べる。二人は口々に「美味しい!」「ね!」と話している。
カナタ、差し出されたビスケットを受け取ろうとしない。

ハルカ: ほら。こないだはごめん。

カナタ、ハルカを見上げて笑って、やっとビスケットを受け取る。

カナタ: はいはい。

カナタ、ビスケットを食べる。

カナタ: ん! 美味しい!
ハルカ: ありがと(腕時計を見る)。
シュンスケ: それでハルカはさ、
ハルカ: (腕時計から顔を上げて、)あ、うん。何?
シュンスケ: どうしてかわいい系になってんの? 前はもっと……違かったじゃん。
ハルカ: あ、まあ、色々あってさ(腕時計をちら見する)。
アカリ: 急いでいるんですか?
ハルカ: いや、全然! ちょっと時間を確認してるだけ。で、えっとなんだっけ。あー、どうしてこうなったか?

シュンスケ、うなずく。

ハルカ: それはねー、実は私がLGBTを治せる薬を飲んでるから!
カナタ: LGBTを治せる薬?
アカリ: なんですか、それ?
ハルカ: いや、そのままだよ。LGBTを治せるの。私だったら、トランスを治して普通になったの。どう? 

ハルカ、くるくるとその場で回ってみる。

ハルカ: いいでしょ?

カナタ、シュンスケ、アカリの三人は、ハルカの言っていることを信用できないかのように顔を見合わせる。

ハルカ: みんなも飲みたいでしょ、その薬?

カナタ: 僕はそんな薬いらないかな(と、シュンスケのほっぺを引っ張る)
シュンスケ: 痛いって(笑)
ハルカ: ねえ、イチャイチャしないで。
シュンスケ: ごめん。
ハルカ: 本当はゲイとかレズビアンなのも治したいでしょ? ね、アカリ?
アカリ: うーん……。
ハルカ: え? なんでみんな治したくないの? おかしくない?
カナタ: えー、だってシュンスケ好きだしー、男子最高じゃん~(笑)
ハルカ: それはみんなさ、飲んだことがないからそう思うんだよ。治したほうが絶対楽だって。だって、この先、就職とかも待ってるんだよ?

カナタ、シュンスケ、アカリの三人は、困惑からお互いに顔を見合わせる。
ハルカは、腕時計を見ている。

ハルカ: そろそろかなー。

カナタ、シュンスケ、アカリの三人がそれぞれ色付きの照明で照らされる。ハルカは色がない。

シュンスケ: 何が?
ハルカ: 薬の効き目。
カナタ: え?

音が鳴る(ガラスが砕け散る音?)。三人を照らしていた照明の色が、ハルカと同じ無色になる。

ハルカ: どう? 気分は?
カナタ: え、待って。

カナタ、シュンスケのことを見つめる。

カナタ: (同時に)あれ?
シュンスケ: (同時に)あ。
カナタ: 待って、何したの?
ハルカ: 薬を飲ませてあげただけだけど。
カナタ: え、飲んでないよ!
アカリ: さっきのクッキー……(ハルカに向けて)ですよね?
ハルカ: そう!
カナタ: え、待って。おかしくない?
ハルカ: 何が?
カナタ: 勝手に人に薬盛るとか、人のセクを勝手に変えるとか最低じゃん。
ハルカ: なんで? カナタのことを思ってやったんだよ。
カナタ: だからって何でも許されるわけじゃないじゃん。

カナタ、部屋を行ったり来たりする。

ハルカ: え、逆にさ、なんでそんなにゲイでいたいの? きもすぎでしょ。
カナタ: は?
ハルカ: 普通になれんだよ? そうすれば誰にもきもがられないんだよ? それでもわざわざ普通じゃないほうを選ぶなら、キモいとか言われても自己責任じゃん。それなのにうじうじここで愚痴を言うとかさ、バカみたいじゃない?
カナタ: はあ? なにそれ。キモいって言ってる側がおかしいじゃん。
ハルカ: だってそうじゃん。キモいじゃん。仕方ないじゃん。
カナタ: 何言ってんの?
アカリ: あのー……、この薬の効き目は、ずっと続くんですか?
ハルカ: 二十四時間。
アカリ: なるほど……。
ハルカ: あ、でも、薬が切れても大丈夫だよ!

ハルカ、かばんから薬の入った袋を取り出す。

ハルカ: ほら、まだたくさんあるから!

カナタ、袋をはたき落とす。

カナタ: ねえ、そういうことじゃないじゃん!
ハルカ: 何すんの?
カナタ: いやこっちのセリフだわ。
ハルカ: はあ? 本当は治したいって思ってるくせに。
カナタ: はあ? 全然治したいって思ってないんだけど。
ハルカ: じゃあ何なの?
カナタ: (首を振る)僕は、ゲイの自分が嫌なんじゃなくて、ゲイの自分を受け入れてくれない人とか環境が嫌なの! あのさ、ハルカおかしいよ。なんか言われたの? 周りから。
ハルカ: そんなことない。
カナタ: じゃあ自分で決めたことなの?
ハルカ: そうだよ。
カナタ: いや、どうせさ、親の言いなりでしょ。自分がどうしたいのか向き合うのが怖いから、全部他人に頼ってるだけでしょ。
ハルカ: はあ? 何わかったような口きいてんの?
カナタ: だってそうじゃん。いっつも親の機嫌取ってるだけじゃん。違う?
ハルカ: 違う!
カナタ: いや、そうじゃん。ハルカは逃げただけじゃん。普通になって。
ハルカ: 違う。人としてやらなきゃいけないことをしただけ!
カナタ: ほら、そうやって人としてやらなきゃいけないこと~とか言い出す。
ハルカ: はあ?
カナタ: 逃げただけじゃん。ハルカが弱いから。でもだからって、僕たちを巻き込まないでくんない?
ハルカ: ……るさい。
カナタ: もっと強く生きればいいじゃん。
シュンスケ: カナタ……。やめなって。
ハルカ: 何が!弱いのはそっちじゃん! ホモネタが嫌とか、オカマとかオネエって言われたくないとか、そんなの気にしないで生きればいいじゃん。治せるのに治さないでうじうじ言ってるほうが、どうかしてるよ。
カナタ: あっそ。じゃあもうそれでいいよ。
ハルカ: なんなの?
カナタ: 僕はさ、前のハルカのほうが好きだったよ。まだ自分を持ってたからね。今のハルカはただ親とか先生とかに媚びてるだけのつまんねえ奴だよ。
ハルカ: なんなの? そうやって…………………ゲイのくせに……。
カナタ: え?
ハルカ: あ。
カナタ: 今さ、なんて言った?
ハルカ: いや、別に。
カナタ: 「ゲイのくせに」って言ってたよね。
ハルカ: ……だから?
カナタ: もういいよ、ハルカ。

カナタ、荷物をまとめる。

カナタ: (シュンスケとアカリに対して)いこ。

カナタ、出ていく。
アカリ、何か言おうとする。しかしあきらめて、『それでいい。自分を認めてラクになる対人関係入門』を手に荷物を持って出ていく。
シュンスケとハルカだけが残される。

シュンスケ: 大丈夫?
ハルカ: ほっといて。

ハルカ、出ていこうとする。シュンスケ、ハルカの手を取って引き止める。

シュンスケ: またみんなで遊びに行こ。いつか。待ってるからさ。

ハルカ、出ていく。

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