【演劇】『LGBT、治します。』(4/16)

シーン4 〈輝く製薬〉へ

〈輝く製薬〉の会議室。ここはヘテローシスの臨床試験の説明会。空いている二席には、ホチキス止めされたプリントの束とペンが用意されている。

ヘッドホンをつけて単語帳で勉強しながら、ハルカが入ってくる。そして空いている席に座る。置いてあるプリントをペラペラとめくって読み始める。
その次に、猫背気味でマスクをつけているタカフミが入ってくる。ハルカの隣の空席を埋め、プリントを手に取ることなく、スマホを取り出す。ときどき、ハルカのほうを盗み見る。

しばらくすると、輝く製薬の社長であるマナミが入ってくる。マナミはプリントの束とジュラルミンケースを持っている。

マナミ: あ、こんにちは! 皆さん、お忙しいなか輝く製薬へお越し下さり、どうもありがとうございます!
私は株式会社・輝く製薬の代表取締役、範籐(バンドウ)マナミです。本日は、よろしくお願いします!

ハルカとタカフミ、会釈する。

マナミ: 今回みなさんにお越しいただいたのは、ヘテロ―シスの臨床試験の説明会の件でよろしい……ですよね? ね? 

ハルカとタカフミ、静かにうなずく。

マナミ: あはは、良かった! ありがとうございます! ちょっとね、他にもたくさん臨床があるのでね。うん。といっても、私が臨床の説明会を担当するのはすごく珍しいことなんですけどね! だからハルカさんはラッキーですね! なんちゃって。あー、すみません、話がそれちゃいました。(咳払い)
あー、あとそんなに緊張しなくて大丈夫ですよ! 個人情報は固く守りますし、何か問い合わせがあったりしても、みなさんの、その……不具合、については絶対に口外しませんので! ご安心ください! うん。
そしたらね、このプリントを使っていくので、よろしくおねがいしますね。
では、いきなりで申し訳ないんですが、みなさんは輝く製薬のことはご存知でしょうか? えっと……
ハルカ: ハルカです。
マナミ: ハルカさん。
ハルカ: たまにテレビのCMとかで。
マナミ: ああ、そうですそうです! ありがとうございます! やっぱり知ってくださっていると嬉しいですね、うん。
ではページをめくっていただいて。
そうですね、高校生のハルカさんだと、CMを見る時間帯的には胃腸薬のヘボリーゼ、頭痛薬のエバ、目の洗浄薬のアイキュットあたりですかね? ここに書いてあるように、私達〈輝く製薬〉はものすごくたくさんの薬やヘルスケア用品を製造・販売しています。売上高は昨年でだいたい一千七百億円。おかげさまで最高益となりました。このように、私達は医薬品業界では最大手です。もちろん、新薬の研究開発にも力を注いでいて、iPS細胞を応用した新薬の開発が最近話題になりました。
……ってこんな話、退屈ですかね? ごめんなさいね、一応ハルカさんには安心していただきたくて、こんなふうに色々言ってます。うん。
ハルカ: 大丈夫です。
マナミ: 良かった! さて、じゃあ次のページ。早速本題です。この国にはどれくらいLGBTの方がいるか知っていますか? じゃあー、フミくん――じゃなかったー、タカフミさん、失礼。
タカフミ: 8%くらい。
マナミ: そうですね、調査で揺れがあるんですけど、3%から9%のLGBTの方々がいます。なので、だいたい五百万人くらいいるんですかね。うん。
そして! 応募してくださった数百人の中で、書類審査した結果、二人に絞られたんです。勇気を出してここまで来てくださって、私は感動でいっぱいです。ありがとうございます!
さて、じゃあ早速、みなさんがこれから参加してもらう実験についてちゃんと説明していきますね!(咳払い)
次のページ。
きっとみなさんはLGBTという言葉を知っていると思います。そして、輝く製薬としては、このLGBTの方々がとてもたいへんな目に遭っていることを、とても心配しています。自殺率がふつうの人の四倍以上だったり、いじめられたり。他の人とすこし違うだけで、そんな目に遭うだなんて、悲しすぎますよね。うん。
次のページ。
でも、LGBTの方々を普通にしてあげる治療の歴史は、不幸が山積みでした! うん。たとえばアメリカなんかだと、ゲイの方々を治そうと矯正治療なんかがあったりして。でも精神的に病んじゃったり、非人間的な扱いをされちゃったりと、全然よくないんですよね。うん。トランスジェンダーの方に男らしさや女らしさを学ばせる行動療法も、効果があるどころかメンタルヘルスを悪化させる結果につながっているっていう報告があるみたいです。
次のページお願いします。
輝く製薬としては、LGBTを普通の存在にしてあげたい! でも、LGBTの方を今までのやり方のように苦しめてしまってはいけない! ということで、二、三年前からLGBTの方を対象にした薬の研究開発を始めました。
ここまでで、何か質問があったりしますかー?
ハルカ: すみません。
マナミ: はい!
ハルカ: この薬は安全なんですか?
マナミ: 良い質問ですね! さすがです。ちょうど次のページでお話しますね。それじゃあ次にめくってください。
このように、すでにマウスやサルでの動物試験は完了しているんですね。えっと、ここに書いてある通りの基準や審査をクリアしています。日本実験動物学会、動物愛護法、鳥獣保護法、日本生理学会の動物実験指針、などなど……。うん。
なので、もうほとんど問題ないことが確認されてます。副作用とか後遺症もありません。図1で反応状況の報告がありますけど、このようにぜんぜん問題ないです。
あとは、ヒトでも大丈夫かどうか確認しなきゃいけないことが法律で決まってるので、そのために事務的に臨床試験をやる形ですね! うん。これでお答えになっていますか?
ハルカ: はい。ありがとうございます。
マナミ: 良かったです! 心配な点があったらぜひぜひ確認してくださいね!
さて、ではこの薬、ヘテロ―シスについてもう少し詳しくお話しますね! 次のページ。
ヘテローシスを飲めば、心の性別は体の性別と同じになります。たとえば、体の性別は男なのに心は女性のときは、心も男性になるということですね! うん。また、好きになる性も異性になります! もし好きになる性がない場合でも、異性になります。すごいですよね!
有効時間は今の所24時間。効果が出るのは5分程度。
成分やその他の詳細はそこに書いてあるとおりです。5ページくらい書いてあるんですが、まあ飛ばして大丈夫です。
一応、本日ここにもサンプルを用意しています!

マナミ、持ってきたジュラルミンケースを開ける。中からカプセルの入ったジップロックを取り出して、ハルカとタカフミに呈示する。

マナミ: きっとね、お二人も今まで苦しかったと思います! 私はこのまま異性を好きになれないで生きてくのか……とか、このまま心の性別が体の性別と違ったまま生きるのか……とか! うん。でも、この薬のおかげでもう心配ないんです! LGBTも普通に結婚をして、普通に子供を作って、普通の家庭を作れるようになるんです! そんな世界のために、私達〈輝く製薬〉はみなさんのお力を借りたい! そう思っているんです! うん。LGBTを治す、これが今の〈輝く製薬〉の使命だと思っています!
私はね、この実験に応募してくれたみなさんは賢くて勇気のある人たちだと思っているんです! うん。じぶんの間違いを認めてそれを直そうとするのは、並大抵の人にはできません。お二人はほかのLGBTのロールモデルになると思います。普通になれた二人は、きっとみんなを勇気づけます!

マナミ、カプセルの入ったジップロックをケースに戻しながら話す。

マナミ: もちろんね、このプロジェクトを公開してから批判もありました。でも大丈夫です。私達はLGBTのことを何も差別的に考えていませんし、みんな平等だと思っていますから。だからこそ、治してあげたいと思っているんですが、なかなか話が噛み合わないんですよね、批判される方とは……。
あ、話がそれちゃいましたね! すみません。では、えっと、13ページです。このように、厚生労働省からも後援をいただいておりますし、我が社の法務部は法的に問題はないと結論を出しています! なので何も問題ないんですね! うん。
そんなわけで、はい!

そう言ってマナミはハルカとタカフミに、A4判の紙を一枚渡す。

マナミ: こちら、同意書です! うん。目を通して、もしよろしければ署名と印鑑をお願いします。本来は保護者の同意も必要なのですが、今回は事情が事情なので、みなさんの同意だけで大丈夫と厚労省に融通してもらえました!
ハルカ: あの……。
マナミ: はい!
ハルカ: ここに、謝礼金が書いてあるんですが……。
マナミ: あぁ! そちらはですね、臨床がすべて終わったらお振込いたします! 次回の途中経過報告までに銀行口座を作って、口座情報をお知らせくださいね!
ハルカ: いや、その、こんなにもらっていいんですか?
マナミ: もちろんです! このヘテローシスの臨床に参加してくださるみなさんの勇気、そして賢さ、貴重な時間などをいただくわけですから。これくらい輝く製薬としては当然の金額だと思っています!
ハルカ: は、はあ……。

マナミ、スマートフォンをいじる。

マナミ: あら、ちょっとすみませんね! 席をほんの一瞬はずします! すぐ戻りますので!

そう言って、マナミは出ていく。
会議室には、ハルカとタカフミだけが残される。二人は気まずそうに見合ってから、同意書を読むふりをする。しばらくして、

ハルカ: あの、
タカフミ: は、はい……?
ハルカ: あの、どうしますか? これ。
タカフミ: ああ……、やります。

タカフミ、同意書にサインする。

ハルカ: (うなずく)
タカフミ: (書きながら/印鑑を押しながら)あの人、自分の母親なんですよね。
ハルカ: は、え?
タカフミ: ああ、別に自慢というわけじゃなくて、一応……。
ハルカ: え、じゃあカムア……
タカフミ: してます。中3のとき。
ハルカ: あー、それでこの薬を作ったんですね。
タカフミ: そうですね。自分のために。
ハルカ: へえ。ゲイ、なんですか?
タカフミ: いや、トランスです。
ハルカ: あ、
タカフミ: 気にしないでください。
ハルカ: いや、自分もトランスで。
タカフミ: あ、そうなんですね。そしたら親が参加しろって?
ハルカ: いや、自分から。一応。
タカフミ: へー。
ハルカ: タカフミさんも?
タカフミ: (何度か小刻みにうなずいて)……まあ。
ハルカ: (うなずく)

タカフミ、同意書に名前を書いて、印鑑を押す。

タカフミ: 今何年生ですか?
ハルカ: 高三です。
タカフミ: あ、同じ。
ハルカ: あ、マジ?
タカフミ: 受験する?
ハルカ: する。
タカフミ: 自分も。どこ?
ハルカ: ……医学部。
タカフミ: へえ! 医者になりたいの?
ハルカ: うん。タカフミ――待って、なんで呼べばいい?
タカフミ: じゃあ、フミ。
ハルカ: フミは何になりたいの?
タカフミ: キャビンアテンダント。ホントはね。でもこんなだし……。
ハルカ: でも男のキャビンアテンダントだって……。……あ、ごめん。
タカフミ: 全然。あー、でもこれで全部なくなるんだって思うと良かった。
ハルカ: 声とか、じぶんの代わりに別の人が話してるみたいな感じにならない?
タカフミ: なる。
ハルカ: あと、自分はまだハルカで中性的だから良かったけど、タカフミだと……
タカフミ: 全然しっくりこない。何時代?って感じ(笑)

ハルカも笑う。

ハルカ: トイレとかも、いっつもどっち行けば迷う。
タカフミ: あー、確かに……。自分は我慢しちゃうけど(笑)
ハルカ: これからは漏らす心配もないね(笑)
タカフミ: たしかに(笑)

マナミ、戻ってくる。

マナミ: あー、ごめんなさい、本当! 戻ってくるの遅くなっちゃって……もう書けましたか? (タカフミの紙を覗いて)うん、書けてますね。
ハルカ: すみません、今書きます。

ハルカ、名前を同意書に書き、印鑑を押す。

マナミ: はい! ありがとうございます! そうしたらもらっちゃいますね

マナミ、同意書二枚を受け取る。

マナミ: ヘテローシスは別室でお渡しします! そしたら私についてきてくださーい!

マナミ、出ていく。ハルカとタカフミも、荷物をまとめて出ていく。

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