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テンション、ゲージ、スケール、ピッチ、イントネーション:なぜDjentバンドはDrop G#を選ぶのか?

(2023.1.5 加筆修正して再投稿しました)

僕は今まで「手がそこまで大きくない日本人なのにわざわざ26.5インチ使うのもな〜」という安直な理由で7弦も25.5インチを集めてたんだけど、そう簡単に決めていいのか?と思うことがあったのでまとめておきます。

テンション、ゲージ、スケール、ピッチ

まずこれらの関係についておさらいしておこう。
弦にかかるテンションは、以下の式で求められる。

ダダリオのテンションチャート表より

UW:ユニットウェイト≒ゲージ(単位はlb/inch)
L:スケール長(inch)
F:ピッチ=周波数(Hz)
平たく言えば、「ゲージ、スケール長、ピッチが上がるほど、テンションが上がる」という意味だ(もちろんこれは理論値で、現実にはナットとブリッジのブレイクアングル等によってもテンションは変わる)。

上記の式から以下のことが言える。
①ピッチとスケールが一定であれば、弦のゲージが増すほど、テンションは上がる。
→これは分かりやすい。同じEスタンダードのとき、09/42と10/46なら太いゲージの方がテンションは上がる。
②テンションとスケールが一定であれば、弦のゲージが増すほど、ピッチは下がる。
→①のとき、テンションを元に戻すには、ペグを緩める=ピッチを下げる必要がある。
③テンションとゲージが一定であれば、スケールが長くなるほど、ピッチは下がる。
→同じ張り具合の同じ弦が2本あったとき、短い弦と長い弦では、長い弦のほうがピッチが低い。
④ピッチとゲージが一定であれば、スケールが長くなるほど、テンションは上がる。
③のとき、低い方のピッチを高い方のピッチに合わせるには、ペグをよりたくさん巻く必要がある。つまり、同じ弦・同じチューニングなら、25.5インチよりも26.5インチの方が、テンションが高くなる。

また、ゲージとスケールがもたらすテンション以外の影響としては以下のようなものがある。
①弦のゲージが増すほど、太い弦の音になっていく
→これは当然。弦が太い方が良いか細い方が良いかは曲の要請によるため、どちらがいいということはない。ただ「違う音になる」という事実だけがある。
ここで重要なのは、弦のゲージが同じであれば、スケールの1インチの差やチューニングの半音の差は大したサウンドの差を生まないという点だ。「25.5インチ、10/52+64、ドロップA」と「26.5インチ、10/52+64、ドロップG#」ではサウンド自体に大差はないと思っている。サウンドの差はチューニングよりも弦のゲージ変化によるところが大きい。簡単に言えば弦が太くなるほど「ベースっぽい音」に近付いていく。単音での迫力は増すが、コードが濁りやすくなる。クリーンはマイルドになり煌びやかさがなくなっていく。
②スケールが増すほど、フレット間隔が広がる
→これも当然。弾きやすいか弾きにくいかは人による。
③弦のゲージが増すほど、必要なイントネーション補正量が大きくなる
→これが今回の話のキモだが、後述。

26.5インチはテンションがキツい?

よくバリトンギターの商品説明に「エクストラロングスケールによりダウンチューニングでもテンション感を維持できます」という文言があるけど、ここまでに書いたことを踏まえればすぐにこれは嘘であるとわかる。チューニングを落としてもテンションを保ちたければ、単に弦のゲージを太くすればいいだけの話だ。

スケールを伸ばす真の目的

ではエクストラロングスケールにはどういうメリットがあって使われているのか?
それは最初のテンション、ゲージ、スケール、ピッチの関係から分かるように、
「チューニングを下げても細いゲージのままテンションを維持できる。」
言い換えれば
細いゲージのままでも、テンションをそのままにより低いチューニングにできる。」
という点だ。
本質的には、「スケールを伸ばすのは、弦を細くするため」なのだ。「チューニングを下げたい」とか「テンションを稼ぎたい」というのは直接的な理由ではない。短いスケールでは弦が太くなりすぎるのだ。
先出の商品説明を正しく書くならば、「エクストラロングスケールなので、ダウンチューニングでも弦が太くなりすぎません」とか、「同じゲージのままより低いチューニングにできます」と書くべきだろう。分かりづらすぎるけど。
逆に太い弦のサウンドが欲しければ、より短いスケールのギターを使えば、太いゲージでもテンションが上がりすぎない。前記のとおりサウンドそのものに一番影響を与えるのはゲージである。「まず曲に使いたいチューニングとゲージを決め、それに合ったテンション感を得るために、それに適したスケールのギターを選ぶ」というのが、本来の順序ではないだろうか。

追記:現実には、テンションの理論値が同じでも細い弦よりも太い弦の方がテンション感が低く感じることがあり、その下がったテンション感を補正するためにスケールを伸ばすという考え方では、「シンプルに全体のテンションを上げるためにスケールを伸ばす」ということもできる。)

追記:海外フォーラムで「バリトンギターが開発されたのは、昔は今のように様々なゲージの弦が販売されておらず、レギュラーチューニング用と同じゲージのままチューニングを落としたときに下がったテンションを補うためだ」という人がいた。なるほど。)

イントネーションの限界

一方で、短いスケールのギターでチューニングを下げるために弦のゲージを太くしていくと別の問題にぶち当たる。イントネーション(オクターブチューニング)が合わなくなるのだ。
より大きなイントネーションの補正が必要となる原因としては、以下の5つがある。

①押弦時のプレッシャーによる音程のシャープ(根本的な原因。開放弦よりも12F押弦時の方が弦が伸びる。これがイントネーションの誤差を生む。)
②高い弦高(弦高が高いほど①の押弦時のシャープ量が大きくなる。)
③短いスケール(同じ弦高でも、スケールが短いほど開放弦に対する押弦時のシャープ量は相対的に大きくなる。)
④低いチューニング
⑤硬い、または太い弦(ナイロンよりスチールの方がビブラートやベンドがかけやすいように、硬い材質の弦ほどベンド量に対する音程変化は大きくなる。)

ソース。ルシアー向けの記事

スケールが短いギターでチューニングを下げ、下がったテンションを補うために太い弦を張ると、上記のうち③④⑤を同時に満たすことになり、より大きなイントネーション補正が必要となる。
実体験上も、おおむね60か62以上のヘヴィゲージを張ったとき、25.5インチのギターではどんなにサドルを下げてもイントネーションが合わない限界に当たってしまうことが多かった(もっとも、ブリッジの構造によってはかなりサドルを下げられたり、IbanezのMono-Railブリッジのように弦ごとにブリッジポジション自体がセットバックされていたり、最終的にはサドルのスプリングを抜いて限界まで下げることもできるが、それでも合わない場合がある)。
こうした場合にネックスケールを伸ばすことで、③を回避しつつ、(同じチューニングとテンションであればスケールが長いほどゲージは細くできるので、)同時に⑤も回避することができる。
具体的には、25.5インチは58か60程度まで、26.5インチは60〜70程度、70以上は27.0インチ以上がいいように思う。最低弦以外でイントネーションの調整範囲を逸脱するケースはほぼないと思うので、マルチスケールかバリトンかは使いたい弦とテンション感の好みによる。

ちなみに、Ibanezの日本語サイトでは記載がないものの、英語サイトのRGDシリーズ商品ページではスケール・ゲージ・イントネーションの関係に関する記載がある。

26.5 inch scale
Its extra long 26.5" scale and ability to accurately intonate heavier string gauges, make it the perfect beast for down-tuned metal.

https://www.ibanez.com/usa/products/detail/rgd3121_00_01.html

ここではテンションやチューニングの話は書かれておらず、あくまでスケールとゲージとイントネーションの話だけが簡潔に書かれている。かなり本質的な説明だと言える。

なぜDjentバンドはDrop G#を選ぶのか?

タイトルの問いに戻ろう。なぜDjentバンドはDrop G#を選ぶのか?
①まず最初の問題として、25.5インチドロップAでは、ブリッジの構造や弦のゲージによってはサドルが下がり切らずにイントネーションが合わない場合があった。
②イントネーションを合わせるために、弦のゲージ(=サウンド)はそのまま、ネックスケールを伸ばした。
③スケールを伸ばしたためにテンションが上がりすぎてしまったので、全体を半音下げた結果として、ドロップG#になった。
こう考えるのがもっともシンプルで合理的だ。
個人的にLow G#はベースがオクターブ下を弾く限界ギリギリと思っていて、Low G以下ではユニゾンするべきだと感じる。また、ドロップCあたりの6弦ダウンチューニングに対して3半音下だと少し近いし、4半音くらいは差をつけたい。そこらへんの絶妙なラインにG#があることも理由の1つかなと思う。

プロの選択

とはいえ、Prog MetalやDjentでも25.5インチを使うギタリストはいる。代表的なのはJohn Petrucci、Jason Richardsonなど。彼らについては、JPは基本的にBスタンダードで出荷時の7弦は56だし、JRについてはかなり細い弦(7弦58でドロップF#!)を張っているため、イントネーションが合わない問題は起きにくいのではないかと思っている。
ほかのギタリストはどうか。Peripheryの3人は全員26.5インチだ。調べた限りではTesseracTとTexturesはRegiusのバリトン(おそらく26.5か27.0インチ)。Invent, Animate、ERRAはIbanez RGDなので26.5インチ。ArchitectsのJoshは過去にMH-401B(27.0インチ)を使っていたとインタビューで語っていて、MayonesからはAdamシグネチャーのAquila Cardinalが発表され、こちらは27.0インチ。PolarisのRyan Siewは26.5インチであるとこの動画(20:00あたり)で語っている。Lorna ShoreはRGDやSolarなので26.5インチと思われる。MonumentsのJohn Browne、The ContortionistのRobby Bacaは、明確に書いてあるページはなかったものの、おそらく25.5インチ?
調べた限り弦のゲージが分かるのは、Invent, AnimateのKeaton Goldwireが11/54+70(2017年時点のインタビュー)、Misha Mansoorはシグネチャーストリングを出しており7弦用は10/50+65。ERRAのJesseは25.5インチが12/56+68、27.0インチが10/52+68で、どちらもドロップG#(ソース動画によると27.0インチがメインで、25.5インチは単純にバックアップ用とのこと)。
調べられる範囲では、やはり60〜65以上のゲージではバリトンを使うギタリストが多い傾向に見えるがどうだろうか。

神経質すぎね?

僕はギタリストではなくどちらかというとギター研究家だし、プレイヤーはこんなことは気にしなくていいと思う。ギターテックが気にするべき領域の話だ。
ここまで神経質に考えるのであれば、みんなMono-RailブリッジやEvertuneブリッジやTrue Temperamentフレットを使ってなきゃおかしいし、伝統的な3サドルのテレキャスやStop TailのPRSなどもってのほかということになるが、現実はそうではない。Steve Vaiが10年以上前にTTフレットを絶賛していて「ほかのギターも全部これにするかもね!」と言っていたが、そうはなっていない。
特にDrop Z系のメタルコアでは思い切りピッキングした時のアタック時のピッチ上昇がひとつのシグネチャーになってすらいる。ここまでに書いたことはあくまで理屈であって、作品の良し悪しにはあまり関係はない。

(追記:Misha MansoorはEvertuneについて、「(シグネチャーの)ETシリーズはHTシリーズを置き換えるものじゃないから、両方持っておくといいぜ!」と言っていた。)

あとがき

長々と書いてしまったがまとめると、26.5インチを使う理由は、
①イントネーションを合わせるため。
②弦を細くするため。
この2点に集約される。
結局のところ、「6弦は25.5インチドロップC、7弦はバリトンドロップG#」という、なんの捻りもないPeripheryと同様の結論に至ってしまった。先人って偉大!

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