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もうすぐ5歳になる娘と、夫との3人暮らし。「がんばりすぎない」をポリシーに、仕事と育児…

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もうすぐ5歳になる娘と、夫との3人暮らし。「がんばりすぎない」をポリシーに、仕事と育児と家事に追われる毎日です。noteでは、子育てや保活に関する悩み、情報を発信していきたいと思っています。

最近の記事

「保育園全落ち」だったら、どうすればいい? 今できることをまとめました。

◆翌年以降の方がさらに厳しくなることも!? 保活の難しいトコロ仕事関係に同年代の女性が多いため、この時期になると「4月から復職するつもりで準備をしていたのに、認可保育園に全落ちしてしまった」話をよく聞きます。 自治体によって前後するようですが、認可保育園の入園可否通知が届くタイミングは、だいたい1月下旬~2月上旬。通知で落ちたことがわかったら、本当はすぐに次の動き出しをする方が有利なのですが、「来年再トライするしかない」と覚悟を決めて、そのままにしてしまう人も少なくありませ

    • 子育て中のいまだから気づけた「なりたい母親像」がここにあった。

      ◆心鷲づかみにされた強烈なフレーズ。先日、本棚の奥にあったのを見つけ、ひさしぶりに読み返しました。吉野朔美の『ぼくだけが知っている』全5巻。奥付を確認すると1995年4月30日第1刷発行とあるので、本作との出会いは高校1年生の春ごろだと思います。 当時はまだ、コミックにビニール掛けをしていない書店も多かったのですが、新刊コーナーで見かけて絵が好みだという理由で何気なく手に取り、パラパラとめくったときに、こんなフレーズが目に飛び込んできたのでした。 恥ずかしかった 兄は ま

      • 保育園内定後に「まさかの苦しみ」が待っていた、派遣社員という働き方。

        ◆入園内定が取り消しに!? 派遣社員の落とし穴出産前、派遣法の3年ルール適応外だった「専門26業種」で働いていた私が経験したこと。それは「認可保育園の入所が決まったのに、派遣先が決まらなくて取り消しになるかもしれない」という、目の前が真っ暗になりそうな状況でした。 (*専門26業種制度は、2015年の派遣法改正で廃止されました) 産休に入る前、就業先からは「育休が明けたら戻ってきてほしい」、派遣会社からも「先方から希望が来ているので、就業が可能になったらすぐに連絡がほしい」

        • 保活で泣きそうになった話【後編】

          ◆保活リストの作り方さて、今回は保活用リストの作り方について、ポイントをまとめたいと思います。 最初は自治体のサイトに掲載されていた情報をそのままエクセルに移植していたのですが、実際に運用してみて、サイトにないけど必須だった項目もありました。 【サイトにはあるが、リスト化不要だった項目】 ・方針、特徴・・・記載内容と、見学で体感したことが不一致の場合も。また、方針などを見てそもそも「家庭環境、方針に合わない」と思った園はリストに入れる前に外す判断をすべきと思います。 ・職

        「保育園全落ち」だったら、どうすればいい? 今できることをまとめました。

        • 子育て中のいまだから気づけた「なりたい母親像」がここにあった。

        • 保育園内定後に「まさかの苦しみ」が待っていた、派遣社員という働き方。

        • 保活で泣きそうになった話【後編】

          保活で泣きそうになった話【中編】

          それは、妊娠7か月を迎えるころのこと。 2人のこどもをもつ「働くママの先輩」から、こんな忠告を受けたのです。 「あのね。『認可保育園に入れたかったけど諦めた』人は待機児童にはカウントされないんだよ。 認可外に入れたり、仕事をやめて自分でみることにした場合は待機児童扱いにならないの。現実と数字は違うから、自分の地域は大丈夫なのか、しっかり調べてね」 ん? どういうこと? 実はこの時点の私、「認可保育園」と「認可外保育園」の違いもよくわかっていなかったのです…。 そして、認

          保活で泣きそうになった話【中編】

          保活で泣きそうになった話【前編】

          少し前に偶然、学生時代の友人と再会したときのこと。 彼女はうちの娘より小さな女の子を連れていて、「このまえ2歳になったところ」と、“ママの顔”で嬉しそうに教えてくれました。 前に顔を合わせたのは、たしか十数年前、共通の友人の結婚式だったはず。つまりは、個人で約束して会うほどの仲ではなく、どちらかといえば希薄な関係性だったのだけど、思い出話や近況報告をしあったあと、愚痴のような弱音のような言葉をポロリとこぼしたのです。 「仕事復帰するにあたって、本当は認可保育園に入れたか

          保活で泣きそうになった話【前編】

          コロナ禍の休日。

          我が家は3人家族だけれど、夫の仕事柄もあり、正月以外の休日は、だいたい母娘2人っきり。 しっくりくる遊び場を探して、毎週末いろいろな場所に足を伸ばしていましたが、コロナ禍の今は、お気に入りの近所の公園で1日の大半を過ごします。 主な持ち物は、ストライダーと小さなビニール袋をいくつか。おやつ、お手ふき、水筒、ジェル状消毒薬。 たまにシャボン玉や砂場道具が加わりますが、ストライダーだけで大荷物なので、あまりおもちゃは持って行けません。でも娘にとっては、それで充分なようです。

          コロナ禍の休日。

          こどものころ思い描いていた私ではないけれど。

          はじめまして、minatomoと申します。 noteをはじめるにあたって、まずは自己紹介をさせてください。 東京都生まれ、東京都在住。 若干こだわりの強い両親のもと、3人きょうだいの長女として育ちました。 けっして不幸な生い立ちではありませんが、 こどものころは両親との折り合いが悪く、 逃げ場がわりの学校がない休日は 永遠に終わらない1日のように感じていたものでした。 そんな私も、結婚して、こどもが産まれて。 今は1週間前のことが昨日のことのような、目まぐる

          こどものころ思い描いていた私ではないけれど。