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【新連載】SF小説『少年トマと氷の惑星』Ⅰ.氷の惑星

Ⅰ.氷の惑星

 この惑星ほしが、分厚い氷で覆われて数百年が経つ。
 
 あの日、太陽から一羽のカラスが飛び立ったと同時に、この惑星は朝を忘れ、永遠に夜が続く世界となった。
 地上は、動物も植物も、生命という生命が姿を消し、やがて静寂せいじゃくに包まれた。空にはいつも、途切れることなく小さな星が流れては消えていく。
 少年トマは、今日も小屋の窓からこの空を見上げていた。
 
        *
 
「カイム、今日もじいちゃんは帰ってこないのかな」
 トマは小さな箱をひざにかかえたまま、黒ツグミの男・カイムに話しかけた。
 
「さあ、どうだろうな。あいつも歳を取るわけじゃなし、そのうち帰ってくるだろう」
 カイムは、暖炉だんろで煮えているスープ鍋をかき混ぜながら、そう答える。
 
「さあ、トマ。飯にしよう。百年も、そう毎日空を見上げていたら首が疲れちまうぞ」
「カイムはいいさ、じいちゃんと二百年も一緒にいたんだから。でも、僕はじいちゃんの記憶はほんのちょっとしかないんだ。なにせ、まだ赤ちゃんだったんだから」
 トマは唇をとがらせながらカイムに文句を言ったが、テーブルに置かれたスープの前にきちんと座ると、小箱をスープの脇に置いてから「いただきます」と言って食事を始めた。
 
 何百年も昔、太陽が朝を忘れる少し前に、ヒトは大きな進化を果たした。それを進化というべきか、それとも成果というべきか。
 地上の生命にとって、生まれ、そして、死ぬことは、全ての者に与えられた運命だったが、ヒトは唯一、その運命に長年あらがい続け、とうとう「不老不死」の秘密を見つけた。
「老いる」ことを止めるすべを知った人は、若い肉体のままでいられる自由を手に入れ、やがて全ての欲望を抑えることができなくなった。
 突如、太陽の光が消えたあの日、この惑星で生きられないことを悟った人は、次なる欲望に向かって宇宙へと飛び出した。
 
 今、この惑星にいる人は、トマひとりだ。
 トマの祖父も百年前まではここに住んでいたが、トマがまだ二歳の頃、十歳で成長が止まるよう細工をしてから、幼いトマをカイムにたくして姿を消した。
 トマに祖父の記憶は、ほとんどない。祖父が唯一残した、鍵の掛かった小さな木製の箱だけが、トマと祖父とを繋げるものだ。
 箱の中身を知りたいトマは、祖父がいつ帰ってくるかとカイムに何度も尋ねるが、いつもはぐらかされてしまう。
「あいつは青年の姿で何百年も生きていたのだから、そのうちまた戻って来るだろう」
 カイムは、そう繰り返すばかりだ。
 
──コン、コン、コン。
 その日、初めて小屋の扉をノックする音がした。
 トマは思わず、椅子いすの上に立ち上がり、握っていたスプーンを床に落としてまう。
 トマにとって、生まれて初めての訪問者がやって来たのだ。
 
「カイム、カイム! お客さんだよ! 初めてのお客さんだよ!」
「こら、食事中に椅子に登るな。行儀ぎょうぎが悪いだろう。トマは待ってろ、誰だか分からないからおれが出る」
 
 カイムは、のそっのそっとひづめを立てて玄関に向かう。
 カイムはゆっくり扉を開けると、その向こうにいる誰かとひそひそと何かを話してから、訪問者を小屋にまねき入れた。

(つづく)

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