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【ミステリー小説】邪魔なら消してしまいましょうか《完結編②》最終話(さわきゆりさんの続きを書きます。)

 さわきゆりさんの書かれたミステリー小説「邪魔なら消してしまいましょうか」(前編)のつづきを書かせていただいています。

 物語のはじまりは、こちらから↓

《中編》はこちら。→《中編》本文へ

《後編》はこちら。→《後編》本文へ
※11/5㈰1:06 に本文を大幅に修正しました。)

《完結編①》はこちら。⇒《完結編①》本文へ


《完結編②》(最終話)

 懐中電灯を持った樹と瑛介を先頭に、暗い森の中を進んでいくと、突然ぽっかりと開けた場所に辿り着いた。
 そこには縦二m×横四mほどの広さの花壇があり、ユリズイセンやローダンセ、マリーゴールドなどの様々な花が月に照らされていた。

「桜花‼」
 花壇の中央で倒れている桜花を見つけた瑛介が、真っ先に駆け出す。瑛介の後を私たちも追いかける。
「桜花! しっかりしろ、桜花!」
 彼女の身体を抱き起し、瑛介が何度も呼びかけると、やがて桜花はうっすらと目を開けた。
「お兄ちゃん……。やっと見つけた。ママは、ここにいたんだよ」
 意識はしっかりあるようで、皆が安堵した。瑛介は、桜花の身体をきつく抱きしめる。
「私、あの時、事故に遭ったママの身体を見ることができなかった。目の前に横たわる人が、ママだと認めるのがすごく怖かった。でも、お葬式を終えた後も、ママが死んだことの実感が湧かなくて……。ずっとどこかにいるんじゃないかって探していたの。そうしたら、ママが私を呼んでくれた。ママと……、留以子さんの本当のお墓が、ここにあったの。ママは一人じゃなかったんだよ……」
 桜花が弱々しく指さした先を樹が懐中電灯で照らすと、そこには小さな御影石のプレートがあった。花に囲まれたプレートの表面には、こう記されている。

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『留以子&久恵 二人の母ここに眠る 永遠の友情』

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「こんなことをしたのは……、親父だな。財産の分け前を俺たちで決めてこいなんて言ってここに寄越して、本当はこの墓を見つけさせたかったのさ。全く、いつも回りくどいやり方しかできねえ、面倒な親父だぜ」
「そうね。こんなことをせず、もっと早くに教えてくれていたら、私たちは色々なことを間違えずに済んだかもしれないのに。とんだ狸だわ」
 そう言って、樹と亜美も桜花の元へ歩みを進める。
「桜花ちゃん、良かった……」
 私も花壇の中に入り、桜花の手を握った。
「海香ちゃん……、ごめんね」
「ううん、いいんだよ。私こそ、桜花ちゃんの気持ちに気づけなくて、ごめん」
 桜花は小さく顔を横に振って、目尻から一筋の涙を流した。
 
 月明かりの下、私たちきょうだいは初めて、全員で母の墓参りをした。

 翌日は、良く晴れた爽やかな一日の始まりとなった。

「さあ、帰るわよ。忘れ物はない?」
 屋敷の鍵を掲げる亜美が、玄関前で全員に向かって声を掛ける。
「ああ。姉さん、忘れ物はないよ」
「私も大丈夫」
「私も」
「あ! 姉貴、悪い。俺、忘れたもんが……」
 忘れ物に気づいた樹が、慌てて扉の取手に手を掛けた。

「待って、兄さん。忘れ物って、これだろう?」
 瑛介がポケットから何かを取り出す。
「お前、これ……」
「COPD(慢性閉塞性肺疾患)治療薬の吸入器。洗面台の上に置き忘れていたよ。普段はあんなに室温を低くして、薬の保管温度を上回らないよう神経質になっているのに、あんなところにうっかり忘れるなんて、本当に兄さんらしいよ」
「……お前、知ってたのか?」
「僕は医者ではないけど、咳の違い位は分かるよ。隣の部屋で煙草を吸っていたのも、僕なりのささやかな復讐さ」
「ったく、本当にかわいくねえ弟だぜ」
 樹は「ちっ」と舌打ちしながら、差し出された瑛介の掌から吸入器を素早く取り返した。

「樹、あんた、だから急に煙草を止めたりしたのね!? そんな病気だなんて、全く知らなかったわ」
「姉貴はどうせ、俺の肺のことなんて興味ないだろ? 今は旦那と美容のことで頭がいっぱいだろうから」
「そんなことないわよ……!」
 亜美は否定したが、樹は「はは」と笑って「姉貴はそれでいいよ」と手をひらひらさせながら車へと向かっていった。

 桜花の用意したガソリン缶は、結局、使用されないまま瑛介の車のトランクに戻されていた。
 桜花は、昨日、皆が部屋に入ったことを確認した後、こっそりとリビングへ行き、テーブルの上に置かれていた白封筒を開封した。もし、父が財産の取り分を勝手に決めており、兄の瑛介に不利になるような内容であれば、道中で買ったガソリンを使って、上の姉兄三人を殺そうと企んでいたようだ。桜花自身が殺人容疑で逮捕され、相続資格を失ってしまうとしても、兄が病院を継ぎ、肩身の狭い思いから解放されて優しい婚約者と幸せになれさえすれば、それで良いと考えていた。

 しかし、白封筒の中身は、先妻の留以子と桜花の母、久恵の手紙だった。想像もしなかった二人の関係を知った時、桜花は動揺し、一度自室に戻ったようだ。何とか気を落ち着かせるため、まずは荷ほどきをしようとキャリーバッグを開き、そして、換気をするために窓を開けようとした。
 その時だった。彼女は、窓ガラスの向こうに広がる緑の森の中に、ぽっかりと開いた不思議な空間を見つけた。そこには、黄色や桃色、紫色など色とりどりの花が咲き誇っていた。
 まさか、そこが手紙に書かれていた花壇だとは思わなかったが、それでも桜花は駆け出していた。探し続けていた母が呼んでいる気がしたのだ──。

「じゃあ、姉さん、兄さん、僕たちは先に出るから。海香ちゃん、またね」
「うん。瑛介くん、桜花ちゃん、気をつけて帰ってね」
「またね、海香ちゃん」
 樹の車に荷積みをする私たちの真横で瑛介が車を一旦停車させると、窓から顔を出して桜花とともに別れを告げる。
 走り出した瑛介の車に向かって手を振ると、後部座席に乗っている桜花が私の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

「さあ、私たちも帰るわよ。海香、さっさと車に乗りなさい」
 亜美に急かされて、大事なことを思い出す。
「そうだ、亜美姉さん。昨日あげた化粧水、まだ持ってる?」
「ええ。持っているわよ。海香がおすすめだって言うから、使ってみようと思っていたの。だけど、昨晩は色々ありすぎて使い損ねてしまったわ」
「あのね、あれ、返してもらえないかな。使い続けてみたら肌に合わなくて。きっと亜美姉さんの敏感肌には、余計に合わないと思うの」
「あら、そうなの? 別にいいけど。ちょっと待ってね……。はい、これで間違いないわよね」
 亜美は車のトランクに乗せたボストンバッグを漁ると、五十mlほどの液体が入ったプラスチック容器を手渡した。
「亜美姉さん、ありがとう。それじゃ、私たちも東京に帰りましょ!」
 
 私は容器の蓋を開けると、車の陰でこっそり中身を捨てる。
 化粧水の容器に入った液体は、水に枇杷びわの種子の粉末を混ぜたものだった。枇杷の果実には、うっとりと魅惑的な甘さがあるが、その種子にはシアン化合物を含む有害物質、つまり毒が含まれている。それは皮膚からも吸収されうるものであり、初期症状はめまいや嘔吐、重症となれば心肺停止に至る。

──私はそれを他のきょうだいの知らないところで亜美に渡し、そして、殺そうとした。

 今回、相続の話を具体的にしようという話が出たところで、誰かを消す必要があるのではないかと考えていた。
 父の財産の全容は明らかではないにしても、病院の経営、それに関わるものについては、医者である樹か、後継者候補の一人である瑛介が総取りする可能性が高い。
 そうなると、この別荘や残りの財産を後継者になれなかったどちらかと、亜美、桜花、私の四人で分けることになる。
 亜美が名ばかりの「話し合い」を取り仕切ることを考えても、私自身が不利に追い込まれることは容易に想像できた。
 
 殺意の対象を亜美に決めたのは、桜花が姿を消し、樹と共にそれぞれの部屋を回っていた時だ。
 亜美の部屋の机の上に並んだ、いくつもの化粧品。あれは、全て私では手の出ない高級品ばかりだった。一体どんな違いがあるのか、化粧水だけで五種もあり、どれも開封したてだった。

「こんなものばかりにお金を使うなら、財産をもらうのは私の方が相応しい」
 桜花を探しながら、抑えた怒りと共にそんなことを思い始めた。

 実は、瑛介とリビングに待機していた昨日の夜十時までの間、一度だけ「化粧室に行ってくる」といって席を外した時間がある。
 その時、私は自室に戻り、鞄に隠し持っていた枇杷の種の粉末をプラスチック容器の中で精製水と混ぜ合わせ、即席の化粧水を作った。そして、ちょうどマニュキアを落とし、風呂に入る直前だった亜美の元へ行き、「おすすめの化粧水だから使ってみて」と言ってそれを渡したのだ。
 ちょうど桜花がいないことは私には好都合で、容器は誰にも見られず後から回収するつもりだった。

──だが結局、私も失敗に終わった。
 失敗に終わって良かったと、今は思う。
 
 私には、亜美や樹のように実母に愛された鮮明な記憶がない。後妻の久恵に甘えたいと思っていた子供時代も、亜美にそれを徹底的に阻止された。

 母が私に残したものは、「きょうだい」だけだ。
 今ならようやく、父の財産では叶えられない「私の欲しかったもの」を手に入れることができるかもしれない。

 私たちはきっと、これから、どこにでもいるような「きょうだい」になれるはずだ。

 今は、そう信じようと思う。

(了)

(3,648字)
 

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 最後までお読みくださり、ありがとうございます☺
 いかがだったでしょうか。
 さわきゆりさんの描かれた「邪魔なら消してしまいましょうか」(前編)を引き継ぎ書かせていただいた物語は、様々な楽しみや発見のある貴重な経験となりました。

 ミステリーを書くことは難しいと感じることもあるけれど、やっぱり楽しいですね。
「邪魔消し」に取り組めたことで、また一つ学びを得られた気がします✨

 ゆりさん、丁寧に取り組まれた大切な作品の続きを書かせてくださって、本当にありがとうございます!💕


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