見出し画像

何を撮ればいいのかわからないマン 〜正解を見つける編〜

前回までのあらすじ

ストックフォトに価値を見いだし技術を多少磨くも、アート的な活動をしたい思いとの乖離に思い悩む。さらにアートに『正解』を求めるため迷走の日々……。

そんな前回はこちら

当時僕の機材はフルサイズ一眼レフでした。出てくる写真は素晴らしいけど大きく重く、そしてフルサイズなのでいいレンズはべらぼーに高い。あ、当時はちゃんと? RAW現像もしていました。

またファインダーでみえる景色はとてもきれいですが、これだ! と思ってシャッターをきっても当然ミラーレスと違って写真は違う色。

アートに『正解』を求めていますから、それを現像するときはストレス。加えて色弱なので自分の決定した色が信じられない。好きにすればいいのに。

このへんは他者の評価を気にしてというよりは、カメラや写真に対する知識なども足りなかったので自分の判断に自信が持てなかったんですよね。何をゴールにしてその悩みだよって感じだけど……。

そんなときその全てを解決しそうなカメラが目にとまりました。

X-T3です

上の記事で少しだけ引用したところの全文を載せます。

フィルムの時代は、フィルムという絶対的な原板があった。特にリバーサルフィルムでは撮影時に全てが決するため撮影者は、レリーズのする一瞬に感覚を研ぎ澄ましていた。陽画としてフィルムに焼き付けられる写真は、露出、色、階調、全てがそこで完結していたのだ。
 
一方でデジタル時代の色に正解はない。現像処理で好みの色へ追い込むこともできるし、アプリで手軽にフィルム調にすることもできる。そして、写真を見るメディアも小型化&コンビニエントになり、過度な加工がなされた写真が目立ちやすいことから従来の写真画質から逸脱するようなものも散見されている。

これも時代の多様化といえる。
でも、もしも「色がわからない」と思っていたり、「もっとよい色があるはず」と模索しているならば一度はX&GFXシリーズを手にしていただきたい。そこにはフィルム製造で培われた「色」と「階調」が息づき、写真カルチャーが育ててきた画質を楽しむことができる。そして、フィルムを用途・意図によって選んできたように、フィルムシミュレーションを変えることで表現は変わり、想像を超えた世界を撮影者に与えてくれる。

答えのない時代にあって、唯一の答えを持つ存在。
それがX&GFXシリーズだ。

FUJIFILM 画質完全読本

答えのない時代にあって、唯一の答えを持つ存在。

当時この文言、コピーを見た記憶はないですが、昔から撮って出しにこだわっていてそこに感銘を受けました。

RAW現像してこそのデジタル写真という固定観念が少なからず……いや多分にある中で、メーカーから「撮って出しがんばってるから是非やってよ」というメッセージがあることでなんか心が救われました。

自分は撮ることに集中していいんだ

という安心感をおぼえ、機材をそっくり変更しました。最初はそれでも多少現像するも、やはり出てくる色が、分からない自分なりにも心地よく、また生活の変化もありどんどん撮って出しに。

画質は撮った時点で『正解』だよと言ってくれているのでとても気持ちが楽になり、この画質で僕がいいと思える写真なら、それはいい写真だと思えるようになりました。まぁマーケティングにしっかりやられたわけですね。

ただ今度はストックフォトもやめましたので、なんというか張りがなくなりました。やはりアート的な観点がいまだに足りない故か、はたまた下手くそ故に出てくる写真の完成度がイマイチだからか刺激、或いはもっと確かな、写真への『正解』を求めて旅に出るのでした。

次回、何を撮ればいいのかわからないマン 〜構図のまとめ方にたどり着く編〜 へ続く。

仮に頂いたら……フィルムを買うか写真の本を買うなどしてレビューします