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ミニ四駆に戻ってみた。1 アストロブーメラン雪風(前編)

「なあ、今更だけど……ミニ四駆やらね?」

久しぶりに地元の仲間から電話が来たのは、梅雨の時期という設定を忘れたんじゃないかと思えるくらいに蒸し暑い6月の夜だった。

網戸のためあまり大声では話せない。安アパートでは近所迷惑を考えなければならないし、1階では保育園通いで疲れている娘が眠っている。いくら妻よりも長い付き合いの友人からの電話とはいえ、いつものノリで喋る訳にはいかないのだ。

音漏れに定評のある薄い壁を見つめながら、提案のあったホビーについて思いを巡らす。

ミニ四駆というのは田宮模型が製造・販売しているプラモデルである。単三電池2本で走らせることができ、子供でも手軽にレースを楽しめるホビーだ。

漫画やアニメの人気も高く、全国の子供達をどれほど熱狂させたのかは当時を知る人であればよくお分かり頂けるだろう。

とはいえあれから20年は経過している。なぜに今更?30代半ばの大人であれば普通はそう考えるだろう。しかしその時の俺に違和感は無く、むしろ【やはり来たか】とすら思えた。

その感覚のズレは何か。理由は簡単、俺がオタクだからだ。

妻子ある30代のオッサンであるが、その本質は自分の興味に従順に生き、とりあえず社会人として生活しているだけの小学ン十年生である。

ガンダム、聖闘士星矢、ドラゴンボール、格闘ゲーム等々。子供の頃に熱中したものは今でも好きスキだいすき大好物。

そりゃそうだろう。学生の頃から今の今まで人格が別の誰かと入れ替わった事など1度たりともないのだ。ああいや、1回だけ特殊なのがあったけど……それはまた別の話。

要はオタクなのでホビー関連のアンテナはバッチリ張ってあるので、今でもミニ四駆が売っている事はよく知っていたのだ。

という訳で返事も即答。

「おお、懐かしいな。いいよ」

そんな感じでサクッと決まったミニ四駆再開。

ミニ四駆といえば仲間との熱いレース! という訳で約1ヶ月間の準備期間を設けて対決をする事となった。

舞台は新潟市内でも有名なホビーショップ「ホビーロード女池店」。ミニ四駆のサーキットが常設されている事はガンプラを見に行った時によく見ていたので把握済みだ。

最近のミニ四駆事情はサッパリ分からないのでとりあえずネット情報を読み漁る。そこで初心者が使うべきシャーシとモーターを調べてみると、俺達が遊んでいた頃とはかなり違っている事が分かった。

立体? 制震?

最近のコースにはジャンプ台がついているものが主流となっているらしく、飛んだり跳ねたりする車体を安定させる必要があるらしい。

だがしかし、ホビーロードのコースはそういったジャンプ台は付いていないようにも見える。

ううむ、訳わからん。

とりあえず未知の領域すぎて想像すらつかないので、まずはネットの初心者ページを信じて1台組んでみるとしよう。

キットは最初から速いというMSシャーシの「アバンテMk‐Ⅲアズール」を選択。モーターもネット情報でトルクチューンPROを選んでみた。

そしてここからが大事。

どうせいい歳こいて子供の頃のホビーに手を出すのだ、折角ならば子供の頃に出来なかったことに挑戦してみたい。

パッと思いついたのが、子供の頃に夢見た「サイバーフォーミュラ」のマシンである。

あの当時サイバーフォーミュラもミニ四駆もかなりの人気があったにも関わらず、何故かコラボ商品が発売されなかったのだ。

もしもあの時発売されていたら……と思ってしまう人は俺だけじゃないはずだ。

だったら挑戦してやろうじゃないか。オッサンになった俺自身の手でミニ四駆版アスラーダの再現じゃ!

とまぁ、そんな感じで組んでみたのがこちらのマシン。

カタログを眺めてなるべくアスラーダの外観に近いボディは無いかと考えた。そしてライジングエッジのボディを加工してフロントフェンダーとブーストポッド等の装飾品を取り付けた。

そう、これが俺のミニ四駆復帰第一号マシン。アスラーダ改め「スーパーアバンテAKF33」である!

ボディの加工に頭を悩ませ続けた1ヶ月だった。しかしこれで戦えるはず。

ふっふっふ、奴の驚く顔が目に浮かぶぞい!

そんな感じで迎えた対決当日。

俺は奴の持参したマシンを前に絶句した。

なんぞこれ。

「おい、これは」

ネットの情報で見た初心者改造ではない。

バンパーは前後ともプレートで補強され、金属製のローラーが怪しい輝きを放っている。確かアルミなんとかローラーだったか?

俺の視線に気が付くと、奴はわざとらしくマシンを上下させた。

スカン、スカンッ

前後に装着された金属片がスライドしながら音を立てている。確かマスダンパーと呼ばれる重りだったか?

変わった奴だ。ミニ四駆に重りを着けたら遅くなるじゃないか。

あのパーツの効果はよく分からない。しかし速そうなのは確かだ。言い方はアレだが見るからにお金が掛かっていそうなマシンである。

ミニ四駆に誘ってきた友人、名前はヒロという。

日本海に浮かぶ【佐渡】という孤島の中で、同じ町、同じ月に生まれ、同じ趣味を共有して生きてきた男。言うなれば我が半身である。

奴とは今までもガンプラ作りやぷよぷよ等の様々な分野で競い合ってきたが、その思い出のひとつにこのミニ四駆があった。

あの頃はミニ四駆の大流行と専用コースの市販によって各家庭でも一室をミニ四駆サーキットにしてしまう事も珍しくは無く、それは電車すら通っていないド田舎の孤島でも同じで、クラスメイトの町いちばんの呉服屋が俺達のサーキットとなっていた。

俺は従兄弟にもらったホットショットを愛用していたが、残念な事に貧Boyだったのでローラーすら満足に買えず、いつもクラスメイトに負けてばかりだった。

中でも圧倒的な速さを見せつけていたのがこの男、ヒロである。

誰もが挑むが敵わない。唯一互角にやれたのはコース所有者の呉服屋だけだったと記憶している。

俺は悔しかった。何とかして勝ちたかった。だがしかし俺の財政では改造すらままならない。

そんなある時、父親が単三電池を異常な速さで消費する俺を咎めた。正直に伝えると謎の機械を手渡された。充電式電池だった。

その性能は凄まじいものだった。レーンチェンジはクリア出来ないものの、速度だけなら負けなくなった。速いということがそのまま栄誉とされた子供時代、今にして思えばあの瞬間が俺の全盛期だったのだろう。

だがそんな日々もあっという間に終焉を迎えた。ヒロ達のマシンはノウハウの蓄積とパーツ類の充実によってパワーソースだけの俺よりも高いレベルに至ったのだ。

そして俺は負け続けた。結局ほかのパーツは買えなかったがそれでも何とかして勝ちたかった。次第にコースから足は遠のいたが必ず逆転してやろうと思い続けていた。

そして……ああそうか、あの事件が起きた訳か。まぁ今は語るまい。

とにかく、そんな男がなんの準備もなく勝負を挑んで来ようはずもない。勝つべくして海を渡って来たのだ。俺と再び戦うために。

ガチなのだ。奴も。

「ふっ」

だが俺とて負けるつもりは無い。

ミニ四駆も所詮は電気回路、電圧と抵抗こそが最大の要点。それはいつの時代も変わるまい。

先日100均にて購入した1パック6本入りのアルカリ電池が電圧1.5vである事は確認済み。搭載されたトルクチューンモーターは初心者向けの記事にて好評価を得ていた。

うむ………行ける。むしろコースアウトしないかが心配だ!

勝負もそうだが折角アスラーダ似のマシンを苦労して作ったのだ、コースアウトして大破となったら目も当てられない。

期待と不安が入り交じる中、俺達はそれぞれの愛車に電池をセットした。

「タイムを計ろう」

言いながらスマホのラップタイマーアプリを起動させる。つか、そんなアプリがあるのか。

ヒロは昔から準備の良さで周りに差を付けるタイプだった。学校のプールにシュノーケルを持ってきた逸話はもはや伝説である。

そんなヒロがマシンのスイッチを入れると、ミニ四駆が出す音にしてはやけに静かな駆動音が響いた。

音が静かと言えば遅く感じるが、たしかネットで調べた覚えがある。

静かな駆動音のマシンは……

ギュィィィィィ!

速い!?

ヒロの手から離れた瞬間、あっという間に第1コーナーまで到達してしまう。

続くコーナー、バンクと続くがほとんど減速せずに通過していく。

激しく左右に揺られるウェーブでもコースアウトする様子はなく、そのまま最終コーナーを曲がってホームストレートへと帰還した。

マジか、今のミニ四駆ってこんなに速いのか!?

狭いコースであれば素組みでも速いと錯覚する事もあるだろう。だがここの設置コースは市販のそれよりも延長されている。遅いと錯覚する事はあってもその逆は無いはずだ。

などと考えている暇もなく、あっという間に3周を終えてヒロの手元に戻った。

その記録は……

「10秒45!」

一発目のアタックなので、これがどれくらい速いのかはまだ分からない。俺もこの日のために敢えてコースでの実走は控えていたのだ。

しかし、今の走りはYouTubeで見た大会動画のそれと大差ないようにも思えた。

ぶっちゃけヤバイ。だが、それがいい!

速いと思える相手だからこそ、競う価値があるというもの。

子供の頃には勝てなかったが、大人になった今なら倒せるはずだ。我が愛車スーパーアバンテAKF33が貴様を倒す!

「さぁーて、速すぎてコースアウトしたらどうしようか!」

「………」

ふっ。相変わらずのノーリアクションだが、その視線が釘付けなのはバレているぞ!

なんせフロントバンパーを作るために4日間、ウイングに3日間、付属品だけで計1週間だからな! 不器用なめんな!

そして刮目せよ、我が愛車の走りを! 

自分の方が速いはずと信じてスイッチを入れる。奴と同じく静かな駆動音が響き渡る。

「壊れても何度でも直してやる! 行けぇぃ!」

ギュイイイイン!

ガッ ガッ

ガリッ ガガッ

ゴアッ

ギュィィィィ

「………」

遅。

なんぞこれ。

ハンパ無い安定感。

直線で稼いだ加速はコーナーでしっかりと減速され、坂道の手前ではサイドブレーキでも引いたかというほど減速している。

恐らくは点滅黄信号でもあったのだろう、レーンチェンジでも飛ぶ気配のない安全な走りを見せてくれる。

何だかこの光景に見覚えがあるなぁ。そうだ、車の免許を取った時だ!

そうか、ここは教習所だったんだ!

ギュィィィィ

「13秒89」

「おうふ」

敗北。

悲しいことに、俺は何十年経ってもこの男に勝てなかったようだ。

ぐぬぬぬぬぬ!!!

「なんでこんな遅いんだ!」

そう言いつつも薄々分かっていた事。

甘かった。

テンションに任せてボディ作りにばかり熱中し、肝心のシャーシ作りはネットの初心者向けセッティングで満足していた。

最重要となる、スピードを求める努力を怠っていたのだ!

「フ、フフフ」

「あ?」

突然笑い始めた俺を怪しむヒロ。しかし、これはもう笑うしかない。

そもそも何故に俺は初心者向けの記事なんてものを読んでいた?

ヒロとレースする為に? ヒロとの勝負に勝つために、初心者向けの記事を読んでいたのか!?

馬鹿すぎる!!!

あのヒロと戦うというのに、初心者レベルのマシンで勝てる訳がないだろうが! 相手は学校のプールにシュノーケル持ってくるような奴だぞ!

そう、あの時に俺は覚悟しておかなきゃならなかったのだ。

「なあ、今さらだけどミニ四駆やらね?」

あの言葉を聞いた時に。

この男と戦う為には、俺の全力で挑まなければならないという事を……!

【 次 回 予 告 】

ヒロとの戦いに敗れた俺は、リベンジを果たすために愛車の速度アップから始める事にした。しかしミニ四駆の速度アップってこんなに大変なのか! 知れば知るほど足りないモノが出てくるぞ!?

次回、ミニ四駆に戻ってみた。

「アストロブーメラン雪風 (中編)」

もしも2000円で速度アップしろって言われたら、どうしますか?

ほぼ毎夜10時頃~YouTubeにてゲームorミニ四駆の生配信を行っています!お気軽に遊びに来てください!https://www.youtube.com/channel/UC38sxZzD1yC-rTQzTaS7h5A