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ミニ四駆に戻ってみた。5 リバティーエンペラー(中編)

身内レースの帰り道、車内の空気は重かった。

「負けたな」

「ああ」

「フッ、最速は俺だった」

一晩で作ったというFMARは店舗内のタイムアタックでも上位に入る凄まじい速さだった。

勝てるレースだったという思いもあるのか。メインではなくサブで作ったマシンというのが実にヒロらしい。

「 完走率なら俺だった」

今回は最初からフロントブレーキを使用する前提でマシンを組んだ。そしてその効果は絶大だった。

まぁ絶大すぎたせいで速度に伸び悩んで最後には自爆した訳だが。

「UMAにやられたな」

予想外だったのはUMAだ。

マシンも改造も決して今風ではなかった。にも関わらず最後の勝利者はUMAだった。

なぜそんな事ができたのか。その原動力は何だったのか。

それはたぶん、あの時UMAが言った通りなんだろう。

「好きなマシンで走りたい、か」

俺のつぶやきにヒロは答えず「次も立体で」とだけ言い残して去った。

このまま引き下がる男ではない。次会う時を楽しみにしておこう。

ヒロを送った帰りに少しホビーロードへ立ち寄ることにした。

先程から何故かUMAの姿がチラついて仕方がなかったので、少し気を紛らわしたくなったのだ。

ひょっとして恋かッ!?

いやいや違う、単純にうらやましかったんだよな。

UMAのマシンは貪欲に勝利だけを求めた感じではなかった。

自分の好きなマシンを自分なりに改造して自己ベストを更新し、最後は勝利するという。

なんというか、あれこそが本来あるべきホビーって感じだったのよな。

羨ましい。俺もそんな風にミニ四駆を走らせたい。

きっと愛着というか自分の芯みたいなマシンがあれば俺もそうなれるだろうけど。

うーむ、芯かぁ。

実はその芯となり得るマシンに心当たりがない訳でもない。

いや、復帰してからずっと探しているのだが全然見つからないのだ。それに出会えたところで旧式のシャーシでヒロに勝つ事は難しいだろう......そう思っていた。

だが今日のUMAを見て思った。

勝てるマシンを組むんじゃない。好きなマシンを走らせる、それが自分を速くしていくんだ。

やはり俺のマシンはアレしかない。子供の頃に走らせられなかったマシン。考えれば考えるほど欲しくなる!

とはいえカタログ落ちしてから既に久しく、中古でも4千円オーバーという状態だからちょっと手が出せない。

俺がアレを買ったのは小学生の頃だしな。普通に考えて20年以上も前のマシンがホイホイ売られている訳がない。

あああああちっくしょうめええええええええ!

ふと陳列棚に並ぶ不思議な色合いのキットを手に取った。

そうそう、形はちょうどこんな感じの流線型で名前がリバ......ティー......えっ?

「ん゛ッ゛ッッッ!!!!!?」

ま!

さ!

か!

の!

キット!!!?

何かの塩のようなリズムで驚いてしまったが問題はそこじゃない。

まさか、まさか! まさか!?

そのままの勢いでレジへと直行する。

おいおいおい、俺このまま死ぬんじゃないか!?

「あ、あ、あいあがうごうぉうおおおおおおおお!!」

夜中のボロアパートに響き渡る中年の雄叫び。

真っ赤なボディにオレンジ色のスーパー1シャーシの組合せ。

かなり奇抜な配色ではあるが、その姿は紛れもなく俺のかつての相棒だった。

「リバティーエンペラーだッ!」

このときめき。

沸き上がる好奇心。

止められない作業の手。

燃える、燃えてくるぞ! 俺の小宇宙が!

プルルルル、ガチャッ

「もしもし」

「フハハハハハハハハハハハ!!!」

「なんだぁやー!?」

リバティーエンペラー開封でテンションが上がりすぎてヒロに電話してしまった。突然のフハハ笑いに思わず訛ったようだ。

「フッフゥー! さぁ次のレースどうするんだぁい!?」

「次はVSシャーシ、小径タイヤで行く。シンプルな構成にするつもりだ」

「ほうほう。俺の方はS1だ。テーマは『強くてニューゲーム』!」

「S1? さっきtwitterに上げてた奴か。リバティエンペラーのボディを使いたければS2に乗せ替えれば」

すまんヒロ。そこから先は聞いてなかった。

夢中になれるからこそ、遊びには価値がある。勝とうが負けようが早かろうが遅かろうが老若男女金持ち貧乏古今東西十人十色幽遊白書に聖闘士星矢オールオッケイ!!

俺は今こいつを作りたい。動く理由ならそれで充分だ!

チュイィィィィ

100均のリューターでギヤを加工して軽量化していく。財力が無い分こういう部分で戦わないとね。

S1用の3.5:1ギヤはカラシ超速と呼ばれる別売りパーツを必要とする。しかしそれすらも楽しい。

うぅーん可愛い奴め! テンション上がってきたぞ!

そんなテンションで進めて来たが手がピタリと止まった。

「リアバンパーどうしたらいいんだ」

S1のリアにはネジ穴が1つあるだけ。遥か昔にスキッドローラーとセットになったパーツがあった気がする。

ネット情報を漁ってみるとSXXに付属するリヤステーが使えるとのこと。ファントムブレードの余りがあったので解決した。ネットすげぇ。

そんなこんなで一気に完成!

無限に湧き上がる制作意欲。なるほど、こういうことか!

気がつけば空は白み始めていた。こうなったら走らせるしかあるまい。早速ホビロに行ってみよう!

そんな訳で到着したいつものコース。

ここでのベストラップはヒロのサンダーショットが10秒13(AR)、俺のアストロブーメラン雪風が10秒29である。

さぁ、20数年ぶりに組んだS1シャーシの実力や如何に!

ギュイィィィ!

一周目に配置された立体LCでいきなり車体が浮きあがる!

ザシャァッ!

間一髪、不格好に車体の左半分をコースに乗り上げつつも何とか復帰した。

その後は順調に加速し続け、怪しげな速度域に達する。

おおお、走ってる。俺のリバティーエンペラーが走っているぞ!

動きだけを見ると恐らくはS2の雪風と同等かそれ以上。

うむ......行ける!

そのまま3周を終えてホームストレートを通過すると、2回目のLCで吹っ飛んでしまった。

暴走する車体を捕まえながらタイムを確認して固まる。

「ふむ、ふむッ!」

復帰してから初のS1。

そのタイム、9秒89!

初の10秒台突破、しかもS1リバティーエンペラーでというのは素直に嬉しい。

だがまだだ。

初走行で過去最高記録は上出来ではある。しかし俺の目的はあくまでヒロに勝つこと。

奴も必ず速いマシンを仕上げてくるはず。対決の日まで気を抜くことは許されない!

修行だ! 俺は相棒と共に速いレーサーになるんだ!

それから俺達は各々のスタイルで腕を磨く事にした。

UMAは相変わらずノスタルジックなマシン作りに余念がない。仕事帰りにホビロで会った時にはボディキャッチャーからリヤステーが生えていた。いつの時代のパーツなんだ?

かと思えば新車のMSシューティングスターでいきなりホビロ10秒06という好タイムを叩き出したりする。本当に恐ろしい男だ。

ヒロは地元で開催されたミニ四駆走行会に参加したらしい。

どんな強敵が居るのか...そう思って参加してみれば素組みの参加者ばかりで逆に先生役になってしまったそうだ。

まぁヒロの事だから先生役はハマり役だろう。しかしその時に走らせたという謎のマシンが少し気になるぞ。

そして俺は......。

ギュイィィ、ザシャァッ

カンカンッ

最近日課となりつつあるホビーロードでのミニ四駆。職場が近いという事もあってすっかり癖になってしまった。

毎日のように通っていると自然と知り合いも増えて実に楽しい。この前は外国の方と遊んだりもした。

本日は先客が1名様。目があったので軽く会釈を交わす。俺よりもお若く見えるが20代だろうか。スーツ姿なところを見ると似た者同士らしい。

手元を見るとジャパンカップ2015アバンテの姿が。今年の大会を記念して発売された限定キットだ。

ヒロ曰く「最初から実践仕様」。元から速いシャーシに速いタイヤの組み合わせで費用対効果に優れているらしい。

ナイスな選択につい話しかけたくなるが先程から懸命にセッティングしている様子。ここはそっとしておこう。

カンカンっ

足音に振り向くと、同じくスーツ姿の男性が入って来た。

経験者の方らしく既に組み上がったマシンを持っている。MAシャーシか?

ボディが気になるがジロジロ見るのも失礼な話だ。俺は俺で目的があって来ているので、今はそっちに集中しよう。

取り出したのは久しぶりのS2。雪風に使っていたものだがその後も何度か走らせていた。

昨日のメンテナンス中にバンパー基部やギヤ周りに破損を見つけたので試しに持ってきたのだ。

以前のタイムは10秒半ばだったが、今はどうだろうか?

ギュイィィィィ

うん。はっきり分かった。

後ろから「速い」的な呟きが聞こえるが、しかしタイ厶は以前よりも明らかに遅い10秒後半。

ヒロと激戦を繰り広げたS2。けっこう思い入れがあったので少し寂しくもあった。

ゆっくり休め。後はこの......

その時、MAのお客さんが立ち上がった。

手には先程のマシン。静かな駆動音を響かせて走り出す。

ギュイィィィ!

速い。先程俺が走らせたS2を上回る速度で周回している。

ギュイィィィ、ぱしっ

完走したマシンを回収する客人。その表情はどこか誇らしげに見えた。

なるほど。そういう事か。

目算で10秒前半位だろうか? 初めてヒロとレースした時の事を思い出す。

あの時はあまりの速さに太刀打ちが出来なかった。随分と昔のように感じられるが、まだ半年程しか経っていない。

たかが半年。されど半年。

この期間で俺はどのくらい成長したのだろうか?

ラップタイマーを再びセットしながらS2をカバンに仕舞う。代わりに取り出すのは俺の相棒。

一昨日脱脂したばかりのベアリングローラーが布地に擦れて静かに空転を始める。

ゆっくりとした動作でカバンから引き出したのは時代遅れの旧シャーシ。

意図して見せつけている訳ではなく、ポールが長すぎて取り出しづらいだけだったりするのは内緒だ。

空転を続けるローラーの後に姿を現したのは『自由皇帝』の名を刻まれた真紅のボディ。

オレンジ色のS1シャーシと相成って炎のような色合いをした特殊カラーの1台だ。

スイッチを入れ、友から譲り受けた充電式電池がゴールドターミナルの自由電子を飛ばし始める。

ふと脳裏に浮かんだのは子供の頃の記憶。

『もう誰もミニ四駆なんてやってねーって』

思えばずっとこの瞬間を待っていたのかも知れない。

あの時に浴びせられた言葉と走らせる事が出来なかった相棒。

その全てを、このマシンに込めて!

燃え上がれ、燃え上がれ、燃え上がれ!

行け、リバティーエンペラーッ!!!

ギュイィィィ、ザシャァッ!

雪国の片隅で人知れず交わされたご挨拶。

大したことではない。勝負だと確認した訳でも無いし、ただお互いに同じコースを走らせただけである。

勝負ではないのだから結果は置いておこう。今はそれでいい。

好きなマシンを走らせる。それだけで十分だった。

ふと、後輩に研修資料について相談を受けていた事を思い出す。まずい。今から間に合うだろうか?

時計を見ようとしてスマホの画面を見ると、ラップタイマーが起動したままになっていた。

「ふっ」

次回の対決まであと数日。

今はただそれが待ち遠しくて仕方がなかった。

【 次 回 予 告 】

遂に迎えた対決当日。俺達は待ち切れないとばかりに開店と同時にコースへとなだれ込んだ。

だがしかし、そこで俺達を待ち受けていたのは予想外のレイアウトだった!

マジかよ! どうなるんだこれは!?

次回、ミニ四駆に戻ってみた。

「リバティーエンペラー(後編)」

勝ってみせろ! お前の小宇宙を燃やせ!リバティーエンペラーッ!!!

ほぼ毎夜10時頃~YouTubeにてゲームorミニ四駆の生配信を行っています!お気軽に遊びに来てください!https://www.youtube.com/channel/UC38sxZzD1yC-rTQzTaS7h5A