「やりたいことが無い」と思うこと

「やりたいことが無い」と思うことは本当に多い。

でも、願望を挙げてみると割と出てくる。

信頼できる友人やパートナーが欲しいし、尊敬されるような人間にもなりたいし、不自由なく暮らしていけるだけのお金も稼ぎたい。

じゃあなんで「やりたいことが無い」と思うのかと言われれば、その願望に見合うだけの行動が伴わないからだ。


例えば。

僕は1ヶ月前まで、京都のシェアハウスを探していた。

複数の物件を見て回っていたのだが、候補の1つであったある物件では、住民さんと会う機会を(物件のイベントに招待)いただけた。

話したのは2分程度。「住民同士、仲が良いのか?」「活動時間帯はどれくらいなのか?」「イベントをやったりするのか?」とか。

それだけ。聞きたいことはそれくらいだから。

本当はその住民さんがどんな人なのかを知るべきで、自分のこともお話もすべきなんだろうけど、たった数十分程度で人のことなんか、分かるわけ無いと思うタチなので、あんまり話したいとは思わない。

(もちろん短い時間なりにも知ろうとすることが大事なのは分かるのだが、生憎どんな仕事をしているのか、どんな趣味があるのかといったことは興味がない。)

もしたった数十分で人のことが分かるというのだったら、どんなインタビューだって全て上手くいく。上手くいかないことを知っているから、インタビュアーはこれでもかと準備するのだ。


僕自身どんな場所であれ、自分のことをちゃんと知ってもらうまでには少なくとも半年以上は必要だった。

普段何気なくやっている行動、何気なく使っている言葉、何気なく出る表情など、そんな些細なものを何ヶ月も何年も見て、よくやくその人の人となりの一部が分かるくらいだ。

こんな風に思うから、「話したいことが殆ど無い」=「行動が伴わない」になってしまう。

大勢の人が話す場は目まぐるしくて、話の途中でも他の人と話すようになるから勝手がよくわからない。「あれの何が楽しいんだろう?」といつも思う。

だから、自分が進みたい分野の人がいるイベントに参加しても、僕には話したいことがない。

たとえ、その登壇者の方がどれだけ好きで、尊敬してても話したいことはあまり多くない。

そして、話が終われば何をしていいのかがわからなくなる。単なるネットワーキング(つながり作り)くらいしかできないから面白くない。


そんなこともあり、どっかり腰を下ろす場を設けてくれるイベントの方が僕は好きだ。あれこれ人の入れ替わりを気にしなくて済むし、ちゃんと人を知ろうという姿勢を感じられる。あれは、「話す場」ではなくて「語る場」なのだ。

僕の言っていることは多分間違いではないのだろうけど、恐ろしく不適合で不合理だ。「もっと人に興味を持って、つながりを作っておけ!」といったお叱りを受けるだろう。

もし本気でその登壇者や参加者と繋がりを持ちたいのであれば、そこに適合しなくちゃいけないし、適合しなくても繋がりを持てるような工夫が必要だ。

そういった努力をせずに逃げてきたのも事実だし、本気で繋がりを作りたいと思っていないのに適合しようと無理に頑張っていたのも事実だ。

変に頑張るのを止めることも大事。人に興味を持つことも大事。自分に力をつけるのも大事。

自分がそんなことを自然とできるように頑張らなきゃ。


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野阪 拓海

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