LAUGHTER IN THE DARK 2018

2018年12月、宇多田ヒカルのライブを見た。
2010年の活動休止前のライブは見に行けなかったので、彼女の姿を生で見るのは実に12年ぶりだった。

12年も経っていることに驚くと同時に、12年間彼女の楽曲をずっと聞き続けていたこと、そしてそれらは色褪せるどころか、聞くたびに新たな感情をもたらしてくれる曲ばかりだということにも、改めて驚かされた。

12年もの時間があれば、色んなことが起きる。
私は大学4年間を謳歌したのち、社会人になり、転職を2回経験した。その間には、恋人がいたり、いくつかの失恋をしたりもした。いい思い出も、つらかったことも、ひととおりあった。そしてそれらはすべて一様に、今の私を形成している大切な要素のひとつひとつである。

私のような平々凡々とした人間と並列に語るのはとても気がひけるのだが、宇多田ヒカルの身にも、この12年は色々なことがあった。
メディアを通じて報じられるものだけでも、離婚、母親の死、再婚、出産など、おそらくはストレスッチェックで上位を独占するであろう、人生の重くて辛い経験が襲って来た12年だったと思う。
こちらに届く情報だけでもそれだけのことがあったのだから、その他にもいいこと悪いこと、私のちっぽけな人生の比にならないくらい、たくさん起きたのだと思う。

LAUGHTER IN THE DARK 2018のラストは「Goodbye Happiness」で締めくくられた。今回のセットリストの中で、最も印象に残った曲だ。
人を愛することを知ることは、孤独との離別であり、同時に純真無垢な幸せとの離別でもある。しかしそれでもなお人を愛することを選びたい、という主旨の歌である(大意すぎるのでぜひご一聴を)。

8年前のライブ"WILD LIFE"の際には、一番最初に歌われたこの曲を置き土産に、彼女は6年間の「人間活動」期間に突入する。このGoodbye Happinessは、Utada Hikaru Single Collection vol.2というシングルベストに収録された新曲5曲のうちの1曲であるが、そのどれもに、これが今の私、というノンフィクション感を強く感じ、これから活動休止するということがすごく腑に落ちた気がした。(嵐の女神、などに顕著だったと思うが割愛。こちらもぜひご一聴を)

Goodbye Happinessのサビには、

"何も知らずにはしゃいでいた
あの頃へはもう戻れないね
それでもいいの Love me"

という一節がある。
この曲がリリースされた当時に歌っていた「何も知らずにはしゃいでいたあの頃」が、いつを指していたのかは私にはわからない。
デビュー前の、無邪気に音楽を楽しんでいたときのことなのかのかもしれないし、そもそも実体験ではなくあくまで歌詞なのだろうなとも思う。

でもそこから8年、その間彼女の身に起きた様々な出来事を思うと、この歌詞が2010年当時とはまったく違って聞こえてきた。
2011年、東日本大震災が起きる。
2012年、桜流しというシングルをリリースする。東日本大震災の影響からか、深く死を思わせる楽曲である。
その翌年の2013年、母である藤圭子が新宿区のホテルから飛び降り自殺。桜流しの「もう二度と会えないなんて信じられない。まだ何にも伝えてない」という歌詞が、現実になってしまった。
2014年、イタリア人男性との結婚、2015年、出産。

彼女が想定しなかったようなことが現実に起きてしまった。2010年に知り得なかったことを、2018年はもう知ってしまっている。だから余計に、"何も知らなかったあの頃へは戻れない"という歌詞が、心に突き刺さってきた。

Goodbye Happinessは最後に、

"何も知らずにはしゃいでいた
あの頃へ戻りたいね baby
そしてもう一度 kiss me"

と歌って締めくくられる。
2018年までのすべてを知ってしまった宇多田ヒカルは、この8年間をもってしてなお、「何も知らなかったあの頃へ戻りたい」と言い、「そしてもう一度kiss me」と歌った。それはまるで、自分の身に起きたすべてを受け止める高らかな宣言のようで、どんな絶望や悲しみをも引き受ける覚悟を感じた。

宇多田ヒカルは、力づくで希望を押し付けてきたりしない。
同時に、絶望だけを劇的に塗りたくったりもしない。
希望の中に潜む絶望を、そして絶望の中に必ず埋もれている希望を、さらりと歌ってくれる。
それがとても好きだ。
平々凡々な毎日といえど、自分なりに絶望したり希望を抱いたりする。それらに確かに寄り添ってくれるのが宇多田ヒカルの歌で、私はこれまでもこれからも、彼女の曲とともに生活をしていくんだと思った。

ライブではスマホでの撮影が許可されていたので、曲の途中にスマホを手にする人も多くいた。ライブの最後に歌われたGoodbye Happinessの間奏で、客席の一部がスマホのライトを片手に手を降り始めた。
それに触発された観客が、徐々にスマホのライトを掲げ、ついには会場全体がイルミネーションのように光り始めた。宇多田ヒカル本人も驚いていたようで間奏中に「なにこれ...!」と言っていた。
暗闇の中で光の数が少しずつ増えていくのをじっと見ながら、「絶望の反対は絶望で、その真ん中くらいに希望がある気がする」と宇多田ヒカルが言っていたのを思い出していた。
https://sp.universal-music.co.jp/utadahikaru/paisen/

次にライブを見るときには、どんな曲を用意してくれているんだろう。そして僕はどんな自分でそこにいるんだろう。
できれば、絶望していないといいな。
できれば、絶望をユーモアで乗り越えられる人になっていたらいいな。
そう思いながら、会場をあとにした。

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