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炉の埃天井遊泳して落ちず

真っ白な仙人髭をたずさえたあるじは卆寿だという。

ダム建設で水底となる旧家が移築され千年家史跡として公開されている。煤光りする大きな梁、両手で一抱えしても足りないほどの大黒柱、その柱についている刀傷には謂れがあるという。

広い板畳の部屋の真ん中には泰然と大炉があって、いにしえの生活ぶりを偲ばせてくれる。その炉の間で先祖代代の系図や古文書なども広げて縷々説明を受ける。

確かな口調だった。

屋敷裏に回ると、土壁には心ない落書きが無数にあった。見学者の悪戯だそうで、昨今の世をば嘆かう翁の表情が印象に残った。 

数年が経って再び訪ねたが、老翁の姿はなかった。

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