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一瞬だけの時間旅行 (音楽つきショートショート)

このお話のために作ったピアノ曲の再生ボタンを押してからどうぞ。2分ほどで読めます。(サウンドクラウドに飛ばない方のボタンにて♡ ヘッドホン🎧推奨)

うたた寝をしていたら、好きなひとの夢を見た。

もう真夜中。紅茶でも淹れよう。わたしはいつもの魔法瓶を温めるために、シュンシュン沸いたお湯を注いで蓋をした。

今夜はお湯を入れすぎたのだろうか。しばらく置いて蓋をねじったら、蒸気が爆発して水滴が飛んできて、唇の端を火傷してしまった。

仕方ない。わたしは水道水を勢いよく出して、掌ですくって火傷を冷やした。そうしながら、片手で紅茶もちゃんと作った。

美味しい紅茶には蒸らしが大切。魔法瓶の蓋からは、きゅうきゅうといつもの蒸気のささやきが漏れる。

ん? 今夜はなんだか、人が喋っているみたい。少女のようなか細い声が、どうも「わたしは、あなたの、時間を、戻せます」と言うように聞こえる。

さらに耳をすましてみると、途切れ途切れの声は説明をしてくれているようだ。

「火傷は、すぐに冷やせば、元の状態に、限りなく、近づきます。体内の時間が、戻るので、冷やしていた、時間の分を、ボーナスとして、プレゼント、します」

体内時間が火傷直前に戻るため、現在までのタイムラグの分を過去のどこかで使える……という辻褄合わせなのか。

「何分くらいでしたでしょう?」とおそるおそる尋ねてみると、「2分、ほどです。過去の、戻りたい時間を、言って、いただければ、そこでの、時間を、お過ごしに、なれます」

わたしはすぐさま呟いた。「200×年、1月◯日◯時◯分」

まるで音楽シーケンサーのように、わたしの時間はあの日のあのひとの部屋に巻き戻っていた。さっき夢に見たあのひとの。

俯きかげんの彼は、愛の言葉のようなものをゆっくりと口にした。

かいつまんで言えば、将来に対するわたしの態度がつれなかったので、発作的にほかの女の子にプロポーズした、と。

「わたし……」

そこで時間はスキップして、今に戻った。

あぁ、やっぱり言えなかった。本当は「わたしじゃだめなの?」と言いたかったのに……。

あの時は、彼の意外な言葉にすっかり動転してしまった。うまい答えなど思い浮かばなかった。彼がわたしとの将来を考えているなんて、思ってもみなかったから。

彼の言葉は、実は嘘だったかもしれないことがその後わかった。けれどあの日から、全てがずれていって取りかえしがつかなくなった。

そして彼にはいいひとが現れ、わたしはこうして独りの夜を過ごしている。

唇はまだひりひりする。ネットで検索してみると、バナナの葉かオリーブオイルかはちみつが効くらしい。

あいにくはちみつしかなかったので、少し指にたらして唇につけた。なめらかな滴は優しく染みてきて、甘い記憶が蘇る。

そろそろ紅茶が飲みごろだ。鮮やかな色に揺れる液体が唇に触れないように、カップをそっと口もとに運ぶ。恋の痛手を火傷と呼ぶのはなぜだろう?

考えるにはじゅうぶんな、長い夜がまた始まる。

(了)

聖子ちゃん作曲、私のお気に入りナンバーです。今日のタイトルは、こちらの歌詞からお借りしました。

◇あとがき……お知らせ

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お読みいただきありがとうございます! 火傷は昨夜の実話。犯人はこの魔法瓶ですw

保温とは時間を止める機能だから、此奴は今日のお話みたいな囁きができたのかも……。

さて、私ことMikiko Miyakawaの曲は、こちらの集中用プレイリスト↓でも聴けます。ギターやチェロのソロもありますが、やっぱりピアノ曲が優勢。

プーランクやサティなどの老舗と同じくらい、フィリップ・グラスなど現代の作曲家も混じっているのが、欧米のプレイリスト。

選曲はNaxosレーベルのキュレーター・ブランドです。

若手では売り出し中のStewart Goodyearとか、Adam Shoenberg が超オススメ。(ま、私も若手ですがw) 実験ミュージックでは、Howard Skemptonとか。

バッハやベートーヴェンは飽きたかも……という方も、こうして今ふうと混ぜるとまた新鮮に聴けるのでは?

「脳の燃料」という名のプレイリストで、今週もどうかお仕事はかどりますように!

⚠️ 作者はアメリカのエージェントと契約しており、小説は米国政府ECOに登録済み。著作権侵害にはご注意を。©︎Mikiko Miyakawa 2020