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フライングブラボーとブラームス

今年一番買ってよかったものはなんだっただろうと考えた。
沖縄行きのチケットだったり、クライアントさんたちへのプレゼントだったり、身体を整えるヤムナボールだったり、数々の本だったり、勉強のための講座だったり、まだまだある。

いろいろあるけれど、一番はサントリーホールでのベルリンフィルのコンサートチケットじゃないかしらと思った。
S席。高い×2枚。娘の分と私の分。

ものとしては残らない。
何かの技能としても残らない。
たった2時間半ほどの体験のために使うお金としてはたしかに高い。

しかも当日は2曲目のベルクの最後のハンマーの音とともにおっさん(と書きたい)の故意だと思われるフライング・ブラボーの声がかぶった。
最後のハンマーこそがあの曲を聴いたものが味わうべきものなのに、そこになんで自分の声を被せられるんだろう。
曲の終わりをよく知らなくて感動してやってしまったなら仕方がない。
でも、あの曲にあのタイミングで声をかけるのは曲を知っていないとできない。
たぶん「自分はこの曲を知っている」と誇示したいためにやったんだろうな。

当日から翌日にかけてのX(Twitter)はこの話題がかなり出ていて、損害賠償請求したいという声もあった。
あれだけ高いチケットだもの、そう思う人が出るのも無理もない。
いや、チケットの価格に関わらずあれはない。
観客もだけど、なによりも指揮者や奏者に対して失礼だわ、と思った。
しばし呆然としたような呆れたような空気がホールを包んだ。

でも、あの呆然とするような終わりのあとの休憩後。
ブラームスの4番。
最初の一音が出てくる直前の期待と希望と緊張が混ざったような張り詰めた空気。
奏者の集中力。
音楽はもうすでに始まっていて、そこから出てくる一音目に心が震えた。

帰り道にまだフライングブラボーにこだわる私(娘に対してはスポンサーですしね!)に娘が言った。
「ママ、私は次のブラームスの4番で全部忘れたよ」と。

今年買ってよかったものはあのチケット。
もう募集はとっくに終了してたけれど、思い立ってチケットのサイトを見たらなぜか二次募集が若干あって私の手元に来た。
今までもたくさんの音楽を生で聴いたし、これからも聴くだろうけれど、あの音のない音とそこからの一音目はずっと覚えているだろう。





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