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アートがまちを、私を、ゆたかにする

福島県西会津町。ここは田んぼや畑に囲まれた自然豊かなまち。
このまち、実は「アート」が盛んなんです。
私がこの場所を訪れるきっかけとなったのも、その「アート」です。

私は幼いころから絵を描くことが好きで、中学高校は美術部でした。
大学の専攻は美術ではありませんが、美術科に混ざって授業を受けたりも。そんな私にとって、「西会津町はアートが盛んらしい」という話はとても興味深いものでした。

「アートが盛んな田舎町ってどんなだろう?」
そのワクワクを抱え、郡山市から西会津町へ向かいました。

西会津のアート

西会津には国際芸術村という場所があります。

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旧校舎を活用したこの建物。アート作品を展示したり、アートイベントを開催したりしています。アーティストが一定期間滞在し、制作活動を行う「アートインレジデンス」でもあります。

私が西会津に初めて訪れた2021年6月19日には、「草木をまとって山のかみさま」というイベントが開催されていました。

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アートがまちをゆたかにする

「アート?私には難しくてよくわからない!」
そんなことを思う人もいるかもしれません。
「アート」に親しみを持っている人ってあまり多くないと思うんです。
少なくとも、私のまわりでもそんなにいません。
美術とか絵とかが好きな私からしたら、それってちょっと寂しいこと。

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でも、ここ、西会津では、アートが身近にある。

西会津になぜアートがあるのでしょう?


このまちは、「アート?よくわからない!」というこの感覚を逆手に取っているのです。
どういうこと?と思うかもしれません。

ここで、西会津国際芸術村の運営元である「一般社団BOOT」の代表理事、矢部佳宏さんの考えを紹介させてください。

矢部さんいわく、まちがゆたかになるためには「変化」が必要だそう。

今まで触れたことのないものが身近にある。
触れたことのないものに触れてみると、違和感が生まれる。
その違和感は考えるきっかけになる。

そう、この違和感というのは
「よくわからない!」の感覚です。
「わからない!」からこそ、考えるのです。

アートは「考える」きっかけになる。
「考える」は「変化」を生む。

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まちには、変わらなくてもいいものもあるかもしれません。
変えずに継承させていきたい大事なものがあるかもしれません。
でも、その大事なものをずっと継承していくには、何かしらの「変化」が必要だと思います。
だって、時代は動いているのだから。
変化し、進化していかないと、その大事なものは衰退し、消失してしまかもしれない。

アートって出会い

矢部さんのお話を聞いたあと、私の脳内は、正直パニック状態でした。笑
「絵好き!」「アート好き!」という単純な問題ではなくて。
でも、自分なりに色々考えることがあって。
矢部さんのお話を聞いた後、電車で郡山まで帰ったんですが、「アート」や「まちづくり」についてずーっと考えていました。約2時間、もんもんと。笑

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幼いころから絵を描いて、アートと向き合ううちに、「アートって○○だ」っていうのをなんとなく、自分なりに、言語化できてきたんですよね。最近。
その中の1つが「アートって出会いだ」です。
矢部さんのお話を聞きながら、この私の考えと少し似ている部分があるかもしれない、と思いました。
「アートって出会いだ」の話をさせてください。

たとえば、「この景色を見て絵を描いてください」と言われたとき。
私は遠くにある山を描いた。
でも、隣の人は、目の前の湖を描いていた。
同じ山を描いているのに、全然違う色をのせている人もいるかもしれない。

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ただ見てる場所が違うだけでしょ?見え方が違うだけでしょ?
そうです。そうなんです。それが大事なんです

同じものを見ていても、感じ方はひとりひとり違います。
絵でいえば、表現技法も材料も何もかもが人それぞれ。すべてがオリジナル。
さらに、「絵を描いてください」ではなく、「この景色を見て何か表現してください」なんて言ってしまえば、音楽、詩、小説、映像、その人の数だけなんでも生まれてくるでしょう。同じものを見ているのに

自分の中の価値観や、自分の考えだけにとらわれてしまうことって結構あると思います。だってその価値観って生きるうえですごく大切だから。
でも、それしか知らなかったら、たぶん、もったいない。
人の数だけ価値観や考えがあるのに、自分から生まれるものしか知らないなんて、ちょっと寂しくないですか?
私だったら、私が知らないこと、色々知ってみたい。
色々な考え方に触れたら、何か面白い発見があるかもしれない。
人とじっくり話したり、本をじっくり読んだり、多様な価値に触れる方法は色々あります。アートもそのひとつに含まれるのではないでしょうか?
アートに触れて、何がなんだか理解できないものに出会うことがあるかもしれません。「わからない!」の感覚ですね。
そうれがもう、自分にはない価値との出会いです。共感できるかどうかは大事ではないです。むしろ共感できなくたっていい。
自分ひとりからは絶対に生まれないものに出会えただけでも素晴らしいことだと思いませんか?わくわくしませんか?

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「色々なものに出会える」。
これが私の思う「アートのちから」のひとつです。

自分にはないものと出会って、自分が進化していく。
これが矢部さんの言う「変化」のようなものなのかな~とぼんやり思っています。

もちろん、「アート」は自由です。その在り方に「正しい定義」なんてありません。「アートって○○だ」と言っていますが、それが絶対なんてことはない。あくまで私の考え。
でも、「アート」ってなんだか近寄りがたいって思っている方がもしいれば、これが「アート」に歩み寄る一歩につながればうれしいな。

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