『コーダ あいのうた』から考える聴者とろう者について
本作は『エール!』という2014年公開のフランス映画のリメイク作品。
コーダ((CODA / Children of Deaf Adults)耳が聞こえない、または聞こえにくい親のもとで育つ子どものこと)である主人公ルビーの物語。
大好きな歌そして夢と、大好きな家族の狭間で揺れながら進むルビーとその家族の姿に胸打たれる。
映画の中で印象的だったシーンは発表会でのルビーとマイルズの歌唱シーンで一切の音が無くなる時間。
その瞬間、作為的に作られた静寂は観ているこちら側を一気に『聴きたい』という気持ちにさせる。その聴きたい気持ちはフランク、ジャッキー、レオの気持ちと変わりないようにも思える。
この後のルビーがフランクだけに向けて歌うシーンも含め最後までボロ泣きだった。
主人公ルビーを演じたエミリア・ジョーンズとマイルズを演じたフェルディア・ウォルシュ=ピーロ(映画『シング・ストリート 未来へのうた』のコナー役!)の歌声も素晴らしくて音大を目指す彼女らのキャラクターが生きていた。
主演を演じたエミリア・ジョーンズはオーディションでこの役を勝ち得た後9ヶ月かけて手話を習い、撮影現場では実際にろう者である父親役のトロイ・コッツァー、母役のマーリー・マトリン、兄役のダニエル・デュラントと撮影以外のコミュニケーションが取れるほど上達したという。
監督・脚本を務めたシアン・へダーの「耳の聞こえない人の役があるのに、耳の聞こえない優秀な役者を起用しないというのは考えられなかった」という意思のもと、父フランク、母ジャッキー、兄レオの3人には聴覚障がいを持つ俳優が起用された。
日本でも聴覚障がいを題材とした作品は多数作られている。
ここ半年程でも、ドラマ『silent』や『星降る夜に』、映画『ケイコ 目を澄ませて』などがある。
だが、その中で実際にろう者である俳優が起用されることは極めて少ない。
ドラマ『silent』では主人公青葉紬が通う手話教室の講師(春尾先生の同僚)として江副悟史さん、桃野奈々の友人として那須映里さんといったろう者の俳優が起用されたものの、物語のメインである役を演じるのは聴者である著名な俳優たちだった。
第一言語として手話を使う人と同じように手話を扱うということは、ひいては言語を学ぶということはそう簡単ではないのではないだろうか。
英語を話せない日本人俳優が数ヶ月の英語学習で英語台詞のみの外国人役をすることなんてできるだろうか。それくらいの話だ。
だが、日本ではそのようなキャスティングが当たり前であり、それは昔も今も変わっていない。
勿論、ドキュメンタリーではないのでリアリティーを求めすぎるのはお門違い、という気持ちもあるが、そういったことをごちゃごちゃと考えがちな自分にとって、『コーダ あいのうた』で主要キャストであるろう者の3人を演じたのが実際にろう者の俳優であることはとても大きなことに感じられた。
昨年公開された日本映画『LOVE LIFE』では、主人公の元夫そしてろう者である役にろう者の俳優砂田アトムさんが起用されたり、こうして少しずつ変わっていくものもあるのかもしれない。
『コーダ あいのうた』では通訳のスタッフはみなコーダだったという。
「ろう者はろう者と一緒になった方がいい」というような台詞は何度か聴いたことがあるけれど実際、どれくらいいるのだろうか。
日本国内で2.2万人と推定されるコーダ、この論文内の調査では平均して6歳ほどの子供たちが手話を用いて『通訳』を担っていることが分かる。またその内容は家族内だけでなく電話対応や親の代わりに様々な機関と交渉したり多岐にわたる。
ルビー役に、年齢以上の成熟した雰囲気を醸し出すことが求められたことが理解できた。
コーダの子供たちが大人になるまで抱える様々な状況は私が思うよりもっと複雑だ。
また、先の論文に記載されたアメリカの調査では対象者 CODA150名の5分の1が親との会話法に手話を使用せず、聴覚口話法や身振り、筆談等を用いる状況が報告された。日本でも14~65歳の CODA40名を対象とした質問紙調査で、親との会話に手話法のみを使用する CODA は少数で、大半は手話のほかに聴覚口話法、身振り、声、筆談などの手段を併用することが報告されているそうだ。
映像作品として作られるものの多くは手話を使用していることもあって、単純な私はあくまで相手が手話を使えない時に筆談などを用いるものと感覚的に思ってしまっていたが、手話を用いるろう者は6割弱に留まるらしい。
このような、ろう者と手話(またそれ以外の表現)と聴者との関係についてはやはり簡単には理解できるものではなく、様々な問題や過酷な現状について私はまだまだ何も知らない。
今回『コーダ あいのうた』を観て恥ずかしながらコーダという言葉自体初めて知った。
ろう者の俳優がこんなに大きな活躍をしている姿を初めて観た。
物事を知るということは自分の世界を数ミリでも広げてくれるものだと思う。
この映画に出会えたことで私の世界はちょっと広がって、これからも広がっていける。
当たり前に有るものをそのまま当たり前に表現することは容易いことではないのかもしれないけれど、こうした作品が特別ではなく当たり前になっていってほしい。
♪ Both Sides Now - Emilia Jones
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