practice 9 人籟
毎日、お昼を過ぎると、どこかから笛の音が聴こえてくる。
初めて聴いたときは、お子さんが縦笛の練習をしているのかな、と思った。でも、休校や自粛の期間が終わっても、その音色は聴こえてくる。
年配の方が趣味で吹いていらっしゃるんじゃないか、と思ったのは、曲のラインナップだ。
「ふるさと」「椰子の実」。今日は「赤とんぼ」だ。
唱歌が多く、洋楽のリズムは少ない。お好みなのだろうと思う。
笛の音は、縦笛のようでもあり、どことなくオカリナのような響きもある。どんな笛なのだろう。
毎日、その音を聴くのが楽しみになってきた。
時々躓いたり、間違えた場所を繰り返し吹いたり、スムーズに流れては行かないのだが、それがまた味わいがある。
マンションの、どこのお宅かはわからない。わりとはっきり聞こえるから、ご近所なのだろう。私の住むマンションは、二十年前にはファミリー世代が多かったが、今はめっきり高齢化が進み、ファミリー世帯を凌駕してしまった。
毎日欠かさず熱心に笛の練習をされていることもそうだが、なにより「今日も笛を吹きましょう」という感じにほっとする。何気なくすっと始まり、すっと終わる。楽しみながら吹いていらっしゃるような気がする。
実際は、高齢の方とは限らないのかもしれない。ただその笛を、いつからか心待ちにするようになり、もし本当にご高齢のかたならば、どうぞお体ご健勝にと願う日々だ。
年を取って、若い頃の趣味をいつまでもできるかどうかはわからない。特に私は読書や書き物が好きだが、これは目が悪くなったらできないだろう。ゲームに明け暮れるゲーマーおばあちゃんもいるそうだが、基本的には趣味を続けられるかどうかは自分の身体と相談しながら、ということになる。
笛というのも、いいかもしれない。
タイトルの人籟、というのは「荘子」に出て来るらしい。楽器(笛)の音色のことだそうだ。そのほかに地籟と天籟があり、あわせて三籟というそうだ。
地籟は地上に響く様々な音。天籟は人籟や地籟を超えた宇宙の音楽。特に秀でた詩歌のことを表したりもするらしい。解釈は色々あるという。
「籟」は風や呼吸によって鳴るもの、とくに笛のことを言う。天地人が呼吸によってつながっている、という考え方は面白く興味深い。
風にのって笛が聴こえてくるたびに、そんなことを考えるお昼時だ。
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