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ストーリーの交差点

初夏だ。
赤坂見附駅A出口を出て、青山通り沿いを渋谷方面に向かう。ゆるやかな坂道の向こう側に、太陽が沈みかけている。長めの打ち合せを終え、会社に戻っている。

ふと、楽しそうに笑うおばあさんを見かけた。
ビルの入り口を背にして、付き添いの男性に写真を撮ってもらっている。白髪まじりのショートヘア。薄手で無地の茶色いコートを羽織り、胸元には大事そうに写真を抱えている。木製の額に入れられた笑顔の男性の写真だ。年齢はおそらくおばあさんと同じくらいだろう。

妄想が頭をよぎる。

他界した夫の勤務していた会社を見に来たのか。もしかするとその会社は、ふたりが出会った職場なのかもしれない。いや、勝手に死なせちゃ失礼だ。足が悪くなって家から出られない夫のために、代わりに街の写真をお土産に持って帰るつもりなのかも。いやいや、実はその写真の男性はマイナーな中高年アイドルで、おばあさんはその熱烈なファンで、妄想の中で一緒に旅行をしているだけなのかもしれない。そもそも付き添いの男性との関係は。

自動ドアの前で写真を撮り終えた彼女は、右足をすこし引きずるようにしてその場を去っていく。どんな理由であれ、彼女の笑顔はすこやかで曇りなどなかったのは事実。

どんな人生もストーリーだと思う。
今この瞬間は、解釈の仕方によって喜劇にも悲劇にもなる。トリミングの仕方によって、冒頭にもエンディングにもなる。

そして人の数だけ存在するストーリーは、お互いに干渉しあう。時にエキストラとして、時に重要な登場人物として。交差点ですれ違うのは、人だけじゃない。その人のストーリーまるごととすれ違っている。

今日の出会いだって、そう。本音を言えば、おばあさんに尋ねてみたかった。何をしているのか。そして笑顔の理由を。

でも、今この瞬間の彼女のストーリーに僕という登場人物はいらない。
僕は僕で、昼下がりにしあわせな妄想が膨らんでゆくこのストーリーのほうが、なんだかおもしろい。


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