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短い旅の、長い余韻。

新千歳空港から札幌へ向かうバスの中。時刻は22時を過ぎようとしていた。
車窓を流れる景色は、初めてみる街並みなのに、妙に懐かしいと思った。

携帯ショップと「セイコーマート」、それから時々現れるスーパー銭湯やパチンコ店。「トリトン」を見つけて(あれ、さっきもここ通んなかったっけ)と思う。これを3回ほど繰り返して、バスは目的についた。

初めて降りる、札幌の寒夜。さて、どれほど寒いのか、と息を吸い込むと、-4℃の冷たい空気が体の中を伝うのがわかった。その"口当たり"は、やっぱりなんだか懐かしかった。


「北海道移住ドラフト会議」というイベントに参加するため、札幌を訪れた。
北海道への移住希望者や、繋がりを持ちたい"選手"と、移住者や関係人口を増やしたい"球団(自治体等)"をマッチングするイベントで、今年で6回目を迎えるそう。

仙台を拠点にコピーライターとして活動する僕にとって、北海道は近くて遠い存在だった。
しかし、いつか訪れたいという強い思いがあったのは、父が北海道の出身であったからだ。イベントの運営を行う友達に誘われて、"選手"としてエントリーすることを決めた。


小さな町の大きな夢

これは、新卒の頃の仕事で、某航空会社のCMで採用されたコピーだ。
北海道北見市常呂町。人口5,000人ほどの“小さな町”ではカーリングが盛んで、“大きな夢”とは、常呂町を拠点に活動するカーリングチーム「ロコ・ソラーレ」がオリンピックでメダルを獲得すること。
そんなロコ•ソラーレの皆さんを起用したCMの仕事が舞い込んできた時、僕は運命めいたものを感じていた。
就職・上京を目前に亡くなった父の出身地が、まさにこの常呂町だったから。そして、このCMが初めてTVで放送された日が、父の一回忌の日だったから。

「お前の作ったCMいつかみてみたいな」
「まあ、そのうちね」

就職内定の祝いに、父と二人で飲みにいった際に交わした会話を、ときどき思い返す。コピーライターになりたいという夢を一番応援してくれていたのは父だった。その日は、男同士色々な話をした。それが、二人でお酒を飲む最後の機会になった。

CMのオンエアから程なくして、ロコ・ソラーレは平昌オリンピックで銅メダルを獲得した。日本カーリング史上初めてのことだった。
表彰台に上がる選手の笑顔をみて、大きな夢が叶ったことと、いくらかの約束を守れなかったことに、思いを馳せた。


そんな特別な思い入れを胸に臨んだ北海道移住ドラフト会議。

「ただならぬご縁を感じるこの北海道に、小さな町の大きな夢はまだたくさんあると思います。それを叶えるお手伝いがしたいと思い…」

選手が1分間ずつ行うプレゼンテーションで、想いをぶつけた。病み上がりの喉に、サッポロクラシックをぶち込んだ"前夜祭"の影響で、僕の声は枯れていた。どうやらこれが、感極まって泣いているように聞こえたらしい。演出、ではないが、結果オーライである。

その後、面談や懇親会で球団や選手、いろんな方と話をした。
北見からも近く、今回唯一、道東からの参加となった津別町。
コピーの価値や僕の話に深く共感していただいた、安平町。
魅力も課題もたくさんあって“クリエイティブ”な解決が求められる小樽市。

それから、選手も。本当にみんな、ずっと話していたいと思えるような人たちだった。


イベント二日目。

高い天井に、シャンデリアの並ぶホール。ホテルのパーティ会場を貸し切って行われたのは、プロ野球のドラフト会議を模した「盛大なコント(イベントを運営する一般社団法人さーもんずがそう自称している)」。アナウンサーが各球団の指名選手を読み上げ、指名の被りがあればくじ引きが行われる。

選手側の席に座り、どきどきしながら自分の名前が呼ばれるのを待つ。

…2巡目だった。

「小樽市 松井未史」
「安平町 松井未史」指名被りが確定し、会場がどよめく(これが気持ちいい)
「津別町 …松井未史!」

なんと、3球団から指名をいただいた。最終的に、くじ引きで小樽市さんにご縁をいただき、後日”キャンプイン”として訪れることが決まった。

緊張から解放されたこともあり、その日の夜は、また懲りずにお酒をたくさん飲んだ。声が枯れるまで話し、声が枯れてもまた話し、笑い、乾杯し…。〆に訪れた純連の味噌ラーメンは、本当は仙台でも食べられるけど、でもやっぱり本場で食べるとひと味違う、気がした。

ーーー

新千歳空港から仙台へ向かう飛行機の中、時刻は14時になろうとしていた。

近くて遠いと感じていた北の大地は、呆気ないくらいすぐ行き来できて、帰りのために買った小説は、まだ序盤といえる局面だった。

「当機は間も無く着陸体制に入ります」

最後に空港で飲んだサッポロクラシックが、まだふわふわと余韻を残している。

次は小樽で。今度は約束を守れるように。


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