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続・文具業界におけるピンク色問題(後編)

 日本には「大和撫子」に象徴されるような「清純」「物静か」「男性の三歩後ろを歩く」女性がよしとされてきた歴史がある。そうした女性像を「女らしい」と称賛し、そんな女性性を甘んじて受け入れてきた。そして現在も料理や裁縫が得意なことを「女子力」と呼んでいる。
 1947年の学習指導要領改訂の特徴(文部科学省)に、家庭科について以下のような説明をしたことがある。

 従来女子だけに課していた裁縫や家事と異なり、男女共に課し、望ましい家族関係の理解と家族の一員としての自覚の下に、家庭生活に必要な技術を修めて生活の向上を図る態度や能力を養うことを目標とした。

 1947年のことだ。二十一世紀、平成が終わろうという中でそれでもなお家事全般の能力を「女子力」と総称するのである。

 さらには1980年以降、共働き世帯数は年々増加し、1997年に専業主婦世帯数を超えた。2016年の調査結果では共働き世帯数1,129万世帯に対し、専業主婦世帯数664万世帯とその差は明らかだ(内閣府 平成29年版男女共同参画白書)。女性たちは既に家から飛び出しているにも関わらず、女性たちが「結婚し、家庭に入り、家を守る」というステレオタイプはなお健在だ。そして「女子力」はしばしばピンク色の広告や商品とセットで街中やテレビ、雑誌などのメディアで姿を現す。女性たちが、「女子力」と共に登場する「ピンク色」を、押し付けられた時代遅れのステレオタイプの象徴として記憶することは想像に難くない。

 しかし、私を含めピンク色が好きな女性も少なくないはずだ。「ピンク好きが認めるピンク」と「ピンク好きが認めないピンク」の差は何なのか、それはもちろん好みの差もあるが、女性の生活環境の変化に対する無理解が透けて見えるか否かだ。

 総務省統計局の労働力調査によれば15~64歳の就業者について、2017年は男性3188万人、女性2535万人で、これは10年前の2007年の調査結果(男性3425万人、女性2463万人)と比べると男性は237万人減、女性は72万人増ということがわかる。この10年だけを見ても、男女ともに周囲の環境は確実に変化している。
 何十年も変わらないステレオタイプとのズレを認識していれば、「気分がアガる」「ステキなワタシ」(度々片仮名が使用されるのも特徴だ)などと忙しい毎日を改善してくれるわけでもない曖昧な効果? をうたい、むやみやたらにピンク色やリボンやハートが散りばめられた売り場が作られることもないはずだ。変わりゆく女性たちの環境に対し、変わらない単一ピンクの思想が受け入れられないのは当然だ。

 では、どのピンクなら女性向けとして適しているのか。このピンクならいい、という安易な答えはない。なぜなら商品や売り場は光沢や素材などを抜いた色そのものだけで存在しえないし、「女性」と一言で括ったとしてもターゲットの年齢層は違い、生活スタイルも異なるからだ。最適なピンクを知るにはすでに受け入れられているピンクの商品や広告などから学ぶべきで、世の中に成功例はごまんとある。

 私はこうして、既存の、到底受け入れられないピンク色の商品や売り場について異を唱えているが、純粋な被害者でもない。女性向け商品や企画を考える際にピンク色はわかりやすく、企画も通りやすい。一言で済むのだ。「女性向けです」と。
 これらをピンク色以外で構成しようものならそれがいかに繊細な色で複雑な問題を孕んでいるかを語る必要があり、面倒だ。宛がわれたピンク色が女性への無理解を象徴していることを話せば、相手のプライドを傷つけるならまだしも、「普通はそんなこと考えない」と一蹴されるかもしれない。「面倒なやつだ」と思われるかもしれないし、「フェミニスト」という「烙印」を押されるかもしれない。そんなリスクを冒してまで既存のイメージがいかに的外れなのか、説明するのは無駄だと説明する機会を放棄してきた。放棄することでもはや通用しない古いステレオタイプを助長してきたと言わざるを得ない。

 ピンク色問題について話をしようとすると、男女の生物的な違いと合わせてご意見を頂くことがある。男性と女性では網膜の細胞の違いがあり女性のほうが色を多く見分けられるため、ピンク色について理解することは困難だという話だ。私はなにもサーモンピンク、ローズピンク、チェリーピンクなど数あるピンクを見分けてほしいと言っているわけではない。ピンク鑑定士になることを望んでいるわけではないのだ。目的はピンク色について考えることだ。ピンク色について考えることを放棄すれば、そこには時代遅れの思想思考が現れ、商品や売り場、企業の生き残りは難しくなっていく。

 私は、宛がわれたピンクを見た時の女性たちの不快感、そしてピンクが持つ可能性がもっと知られることで、今後の文具業界が変わることを望んでいる。

 

参考文献
『Don’t think pink』リサ・ジョンソン アンドレア・ラーニド著(邦題『女性に選ばれるマーケティングの法則』(ダイヤモンド社)
『色と意味の本 明日誰かに話したくなる色の話』ジュード・スチュアート著(フィルムアート社)
『女の子は本当にピンクが好きなのか』堀越英美(ele-king)
『平成29年版男女共同参画白書』内閣府
『学習指導要領改訂の経過』文部科学省
『労働力調査 平成29年』総務省統計局

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