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焼きたてのトルティーヤと、とうもろこし問題とアメリカ

メキシコの家庭をめぐり三週間を過ごしたが、「一番おいしかったもの何?」と聞かれたら、迷わず「田舎のコマルで焼かれた焼き立てのトルティーヤ!」と即答する。

コマルはメキシコの台所の伝統的な道具で、かまどにのせるいわゆる鉄板(陶板のことも)。田舎に行くと、家庭の台所やトルティーヤ屋さんに堂々と座っている。ミチョアカン州で出会った女性は、自宅のコマルでトルティーヤを手焼きして売っていた。

風船のように膨らんで焼き上がったのを受け取り、火傷しそうになりながら畳んでかぶりつく。香ばしく甘い香りにうっとりし、噛むほどに素朴な甘味が口の中に広がり、息をするのももったいないくらい。塩をひとつまみ振ると、もう他に何もいらないくらい最高だ。

彼女が教えてくれたおいしいトルティーヤのコツは、「多すぎず少なすぎないちょうどよい量のカル(消石灰)でニシュタマル(消石灰でとうもろこし粒を煮て皮を落とす処理)ですること。それから薪で焼くこと」だった。

とうもろこしから作るトルティーヤは、紀元前から続くメキシコの主食で、日本人の米にあたるくらい大事なものだ。とうもろこしという作物自体この地域が起源とされていて、在来品種も多く存在する。(ちなみにこの地域で食すのは、日本で一般的なスイートコーンではなく、もっと大粒で甘味の少ないフリントコーン。)

しかしながらこのようなトルティーヤは、都市ではほぼ食べることができない。
トルティーヤの品質をめぐる事情を見てみたいと思う。

シティのトルティーヤ屋はマシン焼き

メキシコシティでは、コマルにはほぼ出会えない。家庭の台所はガスだし、街のトルティーヤ屋はどこもベルトコンベアのような機械が据えられている。上から押し込んだ生地は型で抜かれ、レーンを流れながらガスの火で次々と焼ける。出てきたトルティーヤは、どれも同じ形とサイズをしている。ちなみに1キロ14~18ペソ(70~95円)、ほかほかのを紙に包んで渡してくれる。

田舎ではコーンの粒からニシュタマルして生地を作るけれど、この作業は手間も時間も場所も必要なので、シティでは出来合いの粉(マサ粉)を使う店も少なくないという。
さらに生地(マサ)の寿命を長持ちさせるために消石灰(カル)を多く投入することもよく行われていて、そういうトルティーヤは白ではなく黄色がかってざらざらした味わいがする。初めはなんとも思っていなかったけれど、一度コマル焼きのを知ってからそういうトルティーヤを食べると、紙を食べているような気持ちになった。

とは言っても、都市に住むすべての人たちに、日々手の届く値段でほかほかトルティーヤを提供しているのはすごいことだと思うし、感謝している。

伝統主食、しかしそこにはアメリカの影

味の違いは、加工方法だけだろうか。

原料となるとうもろこし生産に目を向けてみると、メキシコで消費されるとうもろこしの約3分の1がアメリカからの輸入という事実に突き当たる。しかもその9割超が遺伝子組み換え(GM)品種であり、発がん性が疑われる除草剤グリホサートが使用されているという。メキシコ国内では、GMとうもろこしの栽培は禁止されているのに。

アメリカからの輸入とうもろこしは飼料用・加工用が主な用途で、人間が食用にするのはほとんどメキシコ産ということになっている。ところが、メキシコ国立自治大学の研究チームが2017年に行った調査では、メキシコに流通するトルティーヤの90.4%からGMとうもろこしが検出された。特に田舎の手作りトルティーヤより都会の工業的トルティーヤの方が混入率が高かった。メキシコ産在来とうもろこしだけを使っていたらありえないはずの数字について、研究チームは「GMとうもろこしがトルティーヤ粉(加工食品)の原料として使われている」「輸入されたとうもろこしが種子として使用されている」の二つの可能性を考察している。

メキシコで出会った人たちが、「トルティーヤ屋に積まれているコーンの種はほとんどアメリカ産、Maseca(トルティーヤ粉のNo.1ブランド)はアメリカのGMとうもろこし」と腹立たしそうに言っていたのが記憶に残っている。中には思い込みも混じっているかもしれないが、実際「在来とうもろこしにはなかなか出会えない」という話はよく耳にしたし在来とうもろこしを使っている店はそれを売りにするくらいだったから、あながち間違ってもいない気がする。とにかくそのような噂が流れ、とうもろこし品質に不信感を持っているというのは事実だ。

アメリカからの輸入増加の裏には国際政治

アメリカからのとうもろこし輸入が増加しだしたきっかけは、1994年のNAFTA(北米自由貿易協定)発効。アメリカ政府の強い圧力で輸出が開始され、地元農家の困窮や在来とうもろこしの汚染が問題になってくるようになった(参考)。

(グラフはWestern Livestock Journalより引用)

ちなみに、輸入されるGMとうもろこしは、アメリカのバイオ化学企業モンサントのもの(今は買収されてドイツのバイエルンになっているが、メキシコの人は依然モンサントと呼ぶ)。メキシコの在来品種に比べて収量が多い等のメリットがあるが、安全性への不安と文化的アイデンティティから抵抗は大きい。より厄介なのは、もしもメキシコの畑に栽培されると在来種との交雑が避けられず、品種を守ることができなくなるという点だ。

伝統的な主食ではありつつ、その粒をよくよく見てみると、大きな隣国アメリカとの関係が切っても切れないものとして浮かび上がってくる。

在来種見直しの動きも

そんな中で近年は、在来種見直しの動きも出てきている。政府は2024年までにGMとうもろこしの食用目的での輸入をゼロにすると発表し、メキシコシティには在来とうもろこしで作るトルティーヤを売りする店も現れてきた。

在来品種の一つ、紫とうもろこし。香りの個性が楽しい。

翻って日本の米事情

メキシコのとうもろこし事情を知るにつけ、日本が自給率40%ながら主食の米だけはほぼ100%を達成しているという事実や、年々米消費量が減っていても日本各地で競うようにして新しい品種が生まれているという現実が、なんとすごいことかと思い知る。もちろん日本だって問題はあるけれど、今日も安心して米が食べられていることはありがたく、日本政府と先人たちの努力に頭を下げたい。そして今後も同じようにあり続けられるのかどきどきする。

国際化の時代、大国の隣に位置しつつ主食を守るということは、本当に努力を必要とすることなのだ。

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