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鰹節となって私は「私たち」になった

私は変わった夢をよくみる。
娘の名前も、夢に出てきた女性から告げられた名前だった。
昨日は、鰹節になった夢を見た。
私は鰹節みたいにカチカチな塊だった。それをゴシゴシ削られて、私は気づいたら、粉になっていた。サラサラの粉だ。
その粉は風に飛ばされて、川に流れて、一部は川の底にある土と一緒になって、残りは風にのって、あちらこちらに散っていった。
私というものが、いつの間にかあちらこちらにいて、私は世界と一体になった安心感を得た。私、が私たち、になったのだ。

なるほど、これなら安心だ。そう安心して、目が覚めた。
これがきっと私にとって「死ぬ」ということなのだ。

地域に来てから、80歳を超えるお友達がたくさん増えた。
彼ら、彼女たちはとても元気だ。過去も知っているし、現在も共に生きていて、さらに未来も一緒に行ける気がする。でもふとした瞬間に、この間までできていたことが、できなくなったりする。

この間、娘をいつも抱っこしたがる大好きなあの人が、もう私には落としそうで怖くて抱っこできない、と言い始めた。
あれだけ元気だった人がとても小さく見えた。

大好きな人たちが、いつか私の目の前から消えてしまうのが怖い。そう思って泣くことが時々ある。

もしかしたら私が先に消えてしまう可能性だってあることを一瞬忘れて、とても不安になる。

でもふと思う、大好きな人たちだからこそ、むしろ見送りたい。

母が昔言った言葉を思い出す。
「子どもって、見送るのが嫌いなんだよね、自分が見送られる方がいいみたい。」
きっと、子どもだけじゃない。

大人だってそうだ。

我が家に来てくれた人たちを「さよなら」と見送る瞬間がいつもとても寂しい。

だったらやっぱり大好きな人たちだからこそ、安心して旅立てるように、いってらっしゃいと温かく見送りたい。

だから、そのためにも長生きしなくては。生きる理由なんてないかもしれないけれど、それは一つ私が生きる意味になった。

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