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夏へよせて

 あっという間に一年が終わってしまった。冬のあいだ私は小さな電気ストーブのみのつめたい部屋で凍えて暮し、唯一身体をあたためるものは安いウイスキーだけであった。言葉を紡ごうと思いながら日々を過ごし、いつでもポケットにボロボロの手帳を忍ばせてはいたものの、万年筆をとることもせず、歩きしなに浮かんだ言葉は北風にさらわれて、電車の中で浮かんだ言葉は無機質なアナウンスに区切られて、寝床で浮かんだ言葉は夢と混ざり合って真夜中に置き去られる。結局、私はポエムを書くことで日々を凌いでいると公言しつつも、何一つ生み出すこともなく一年を終えたのである。唯一夏のあいだにしたためた短い小説は、師走の始めに綴じられて手元に届いたが、自分の文章が紙の上に並んでいることを喜ぶ反面、創作意欲を持ち合わせていた遥か夏の自分が遠く思えて、情けなく泣き崩れた。大晦日を翌日に控えた私は反省の色もなく、今年最後の酒の席にて、初対面の相手がいるにもかかわらず、懺悔のように酒を飲み、夜道でひとり夢のブーツを履いた。後悔という大荷物を肩から降ろす暇もなく、また一年が幕を閉じた。
 年が明けて、陽射しの毎日がつづき、私は今度こそ真人間になろうと決めた。酒は変わらず飲んではいるものの、あくまで嗜好の範疇を越えていない。酩酊を恐れるばかりに不可能な断酒に挑むことほど愚かなことはないと気づいたのだ。誰にも年賀状を出さぬまま訪れた正月に、ひたすら流れつづけるテレビの前で寝そべって、ひとつ、またひとつ蜜柑を頬張り、久しぶりに手元の詩集に目を通してみたりして、ああ、今年こそ、煮え切らなかった去年の自分を打ちのめしてやらなければ。自堕落を纏った鈍重な身体が疎ましい。
 本日も晴天だった。竿にかけたバスタオルは夕方までに乾いた。さて夏まであとどれくらいだろう。きっとあの娘は去年よりずっと美しくなって帰ってくるだろう。恥ずかしくないくらいの準備をしておかなければ。春の陽気にめまいして、じっとしていたんじゃだめなんだ。あの娘の大きな麦藁と、真っ白なワンピースと、水色のスニーカーが虹の庭へ訪れるまでに、私はまた走り出さなければならない。
 今年の夏の予定はまだ決まっていない。たったひとつ、懲りずに同人誌へ参画させていただけることは決定した。件のモノカキ★プロジェクトの活動の一環である。前回は雪という不慣れなテーマの中で、どうしても夏を舞台にしたいという天邪鬼により誌面中の美しい雪々を少し溶かしてしまった気がするけど、寛大なる海見みみみさんの計らいにより、次号も何らかの文章を寄せることが叶いそうだ。そして、次号の作品のテーマは『夏だ!海だ!冒険だ!』という、夏の恋人を自称する私にはこの上ないテーマである。ただし私の文章は、少し湿っぽいところがあり、三つ目の冒険という単語にはいささかの不安を覚えるが、夏という鮮やかな舞台の中ではなにを書いたってきっと冒険と呼べるにちがいない。
 単なる宣伝で済ますつもりが、長ったらしい反省文のようなものを書き散らしてしまったので、詳しくはこちらのページをご覧いただきたい。
 何はともあれ夏が楽しみである。

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