枝折りをはさんで

私はいつだってはじまりが怖いんです。
ランドセルに背負われて歩いた桜の路も、いつか夕暮れの帰り路に変わってしまうし、暗闇に咲いた線香花火も、いつか淋しい静寂に戻ってしまう。それに、出逢ったはずの人たちも、みんな、いつか、思い出に……。

空っぽだった私の心を、あたたかく埋めていった優しいものたちが、時に流されて失われてしまう。それがあまりに自然で、だからこそ抗えず、残酷で、めまいがする。朝陽は当たり前のように身体に馴染むのに、夜はいつまでも私を逃がしてくれない。

若さも、季節も、大好きなあの娘も、愛したものたちはみんな、思い出の海に沈んでゆく。私は錆びついた宝物をあきらめきれずに、いつまでも棚の隅に飾っておくような人間だ。涙に濡れた足元は、未来へ進むにはぬかるみ過ぎているし、おんぼろの軽自動車は、過去へ向かう抜け道を走れない。私もまた、ここに立ちすくんで、錆びついてゆくのを待ちつづけるしかないのだろうか。

ときどき、まぶしすぎる過去に照らされて、行く先が暗く見えることがある。後ろ暗い、なんて言葉があるけれど、私にとっては、明日の方が暗く見えるのだ。一歩ずつ、坂道を下っているような、一歩ずつ、深い沖を目指しているような。いっそ、青春の熱にやられて、溶けてしまいたかった。弾けるような笑顔にうたれて、砕け散ってしまいたかった。

ほんとうは私、何かが終わるのがいちばん怖いのだ。結末なんて見たくない。永遠という魔法に、救ってほしいのだ。だけど、一度はじまってしまったら、最後には終わるしかない。だから、私はいつだってはじまりが怖いんです。


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