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みざくらの樹 #3 ~ 「セクシー田中さん」にあって「いちばんすきな花」にないもの

 先日のエッセイで「今期(2023年秋)のドラマは豊作で嬉しい」と書いたが、どうやら横綱級認定作が現れたようなので記しておきたい。「セクシー田中さん」 (日本テレビ・ここで取り上げるのは珍しい局である)。          昼間は有能だが地味で変人の40歳のOL、田中京子(木南晴夏)は、ベリーダンサーSaliという別の顔をもっている。それを知った「顔はかわいいし男たちが付き合ってみたくなるような若い娘だけどそれだけ、と周囲に思われている」ことが悩みの派遣OL、倉橋朱里(生見愛璃)はすっかり「田中推し」となり、自分もベリーダンスを学び始め、アプローチをしてきている商社マンの小西(前田公輝)、その同僚の笙野(毎熊克哉)、元カレ仲原進吾(川村壱馬)など周囲をまきこんでいくうちに、皆の対人関係の在り方や生活が変容していくというストーリーである。一見何気なく、要領よく生きているようで実は悩みを抱えて逡巡している登場人物という設定はよくあるが、自分の思いを語れる相手ができた時に、それをどのように伝えるかでドラマの質が決まる。第7話(12月3日放送)での登場人物のそれぞれの自分語りは秀逸で、若い彼らの青春模様がたまらなく愛おしくなり、思わず涙してしまった。            リアルな描写ではあるが、現実では他人は決してこのように優しくはない。田中さんの別の顔を知った同僚たちは、相変わらず田中さんのことを嘲笑して話のネタにし続けるだろうし、田中さんの両親は「いいトシをして結婚もせずに恥ずかしい」などと言うのが普通だろう。あくまでもフィクションの中の設定とはわかっているものの、対人関係において、何よりも相手に敬意を持つことの大切さを伝えているこの世界観にしばし酔うのは心地よい。昔、自分を傷つけてくれた人も、どこかでそれでよかったのだろうかと振り返ってくれているのではないか(私自身もそうなのだが)。本作を観ているとついそんなことを思ってしまう。 
 このドラマは、主演の木南晴夏の出世作になりそうだ。女性に人気の俳優の妻は大変かと思うが、自分の持ち味を活かして頑張ってほしい。メイクは本当にクレオパトラみたいできれい(ただし第7話のは別ね・笑)。キーパーソンの笙野を演じる毎熊克哉は、前シーズンの夜ドラのクズ男役とは打って変わって「不器用さ」が光るいい役です。こういう顔の方には、いずれ大河ドラマに出ていただきたいと思う。田中さんが好きな、マスター三好を演じる安田顕は貫禄の安定感。有名ベリーダンサーとしてゲストで登場した未唯mieの変わらずの美しさもすてき。原作があるようなので大丈夫だとは思うが、終わりまで失速せずに楽しませてほしいものだ。ちなみに、田中さんは笙野とは「友達以上恋人未満」で終わった方がいいかな、と思うのは私だけだろうか。

 さて、同じ若い人たちの「生きづらさ」を扱ったと言われている「いちばんすきな花」(フジテレビ)。クワトロ主演の4人の役者はよいのである。松下洸平はあのつるんとしたきれいなお顔と独特の雰囲気がいいし、多部(未華子)ちゃんも好き。今田美桜ちゃんは昨年の「悪女(わる)~働くのがカッコ悪いなんて誰が言った ?~」(2022年・日本テレビ)で初めて知り、画面にアップて出てくるたびにカワイイ、カワイイと私が連呼するので、一緒に観ていた人がドン引きしたほどのお気に入りなのである。しかしながら今回の役はどうもいただけない。なんだかメンドウクサイ人たちばかりだと思いながらも惰性で観ていたが、第8回(11月30日)の冒頭、4人が「嫌いなポジティブ・ワード」を挙げたシーンでその違和感がなにかわかったような気がした。「他人は変わらないけど自分は変えられる」「生まれ変わったら夜々ちゃん(※美桜ちゃんの役名)になりたい」「明けない夜はない」「置かれた場所で咲く」などが嫌いなんだそうだが、みんな実は、なんというか「上から目線」なのね。「明けない夜はない」なんて、当たり前のことで月並みだとわかっていても、どん底状態のときにそのことばにすがりついて救われている人もいるんだよ。嫌いなのは自由だけど、そんなこと考えたことはあるかしら。この4人、自分たちは世の中の「被害者」のつもりでいるのかもしれないけれど、ホンネは「できれば自分も反対側に行きたい」だけなんじゃないのだろうか。どうぞ4人でウチウチで勝手にやってください、と思ってしまう。脚本家は、坂元裕二の「カルテット」(2017年・TBS)の洒脱なことば遊びの線を狙ったのかもしれないが、遠く及ばない。これが役者の方々のイメージにとって、マイナスにならないことを祈っています。

 その他、観ているのは「きのう何食べた ? season2」(テレビ東京)。シロさん(西島秀俊)が演技も含めて進歩著しく、豊かな表情がまぶしい。この演技を引き出したのがケンジ内野聖陽だとしたら(私が言うのもなんだけど・笑)感謝である。同じ原作者(よしながふみ)の「大奥 Season2」(NHK)は原作マンガに忠実で、キャストもぴったりとはまっており、これまた感謝。改めて記事で取り上げたいと思う。朝ドラの「ブギウギ」(NHK)と夜ドラの「ミワさんなりすます」(NHK)は週末にまとめて観ているが、休日のひとときを楽しませてもらっている。「ブギウギ」で出てくる「ラッパと娘」の一節、「バドジズ、デジドダー」が日常も耳から離れない人は、結構いるのではなかろうか。フルコーラスの回は圧巻で、これだけもオンデマンドで観る価値がありますよ(NHKの廻し者じゃないけど・笑)。趣里ちゃんの歌がどうこうという人もいるだろうけど、これで声量があったら既にその道で大成しているでしょう。あの時代にこんなファンキーな曲を作った服部良一さんにも興味がわく。草彅剛はいい役をもらいましたね。「ミワさんなりすます」は、映画オタクの主人公、久保田ミワ(松本穂香)ののめり込みように、この記事を読めばおわかりのとおり、同じオタク気質の私の感性がフィットするので、これまた楽しみである。あと、民放では「コタツがない家」(日本テレビ)を、脱力しながらもつい観てしまう。このままいくと、あの長寿ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の位置を占めることになるのではないかしらん。そうそう、「マイ・セカンド・アオハル」(TBS)を忘れていた。男の子の方はあまり好きでないのだが、主人公、白玉佐弥子を演じる広瀬アリスの飾りけのなさとヘン顔も厭わないコメディエンヌぶりががとてもいい。これを観ていて大学生になりたくなった社会人もいるのではないか。佐弥子が大学卒業後の就活に苦労して「20代のタイマンがこんなかたちで返ってくるとは」「童話『三匹の子豚』のレンガを積み上げる子豚でなかったから」ということばに、若い頃全く同様だった私はドキンとした。大丈夫、これからでも積み重ねればなんとかなるよ。(2023年12月)