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(続)行政が主導する中間支援組織は失敗する-事業化の崖

1 NPOと行政のパートナーシップ

前稿では、民間非営利組織と行政の活動領域、行動原理、存在意義の違いについて言及し、例えば、2000年代初頭に、NPO業界で通説とされてきた「行政が主導する中間支援組織は失敗する」を理論的に解説した。これらを踏まえて僕は、NPO、行政ともに公共(パブリックサービス)を担う主体として、相互理解し、経緯を払って、お互いの強みを活かして社会課題に向き合う仲間、パートナーシップを構築することが重要だと思っている。
実際に、「NPOと行政の協働」が1999年に提唱されて以来、各種の経験や実践が積み上げられてきた。
そうした中で、これもNPO業界の通説として言われる「事業化の崖」と呼ばれる現象についても説明をしておく。こうした現象は2000年代初頭に語られてきたものだが、2020年代においても、公民連携をはじめとした、市民・民間と行政の境界領域を巡る問題は本質的に共通する点があり、参考になると思ったからだ。

2 事業化の崖

「事業化の崖」とは、NPO経営の別れ道を迫られる瞬間をいう。
NPOが行政からの委託事業を受けて経営が安定してくると、組織内の経営方針、特に行政との向き合い方について意見が割れてくることが起こりがちである。比較的わかりやすい例として、福祉系NPOの「事業化の崖」について説明を試みたい。
福祉系NPOは、超高齢社会の課題解決の最前線に立つ団体も多い。そうなると、一つの選択肢として「介護保険事業」に着手する、という展開が考えられる。昔は、行政が着手していなかった領域だからこそ、無償あるいはそれに近い形で地域の相互扶助の延長で、高齢者向けのサービスを展開してきた地域福祉団体があった。一方で、超高齢社会が現実のものとなり、高齢者の問題解決に税金を投入する、行政の活動領域に位置づけられ、その領域がさらに拡大する局面に入ったのも2000年代以降のことだ。
高齢者の数が膨大であるため、そこで動くお金(税金)も急激に拡大していく。その高齢者サービスの担い手となるNPOにおいても、事業が急拡大することが多々あった。実際に億単位の事業規模を誇るNPOとなることも稀ではない。
こうなると、当初、地域福祉のためにここ差し一つで事業を始めた創業者ら(初期メンバー)と、事業拡大をした後に入ってきた職員ら(後発メンバー)の間で意識の違いが顕著となっていく。例えば、介護保険事業は、行政の制度に基づいて展開されるため、行政が指定した範囲において対価が支払われる(税金の適正支出の観点から、ここの線引きはやむを得ない部分もある)。しかしそうなると「お年寄りの困りごとに向き合いたい、解決してあげたい」という初期メンバーの気持ちと、「お金にならないことまで私たちの仕事にしないでほしい」という後発メンバーの気持ちは埋めようがなくなっていく。
NPO経営において、こうしたズレが「制度内事業(行政から補助、対価がもらえる範囲の事業)」と「制度外事業(行政からの対価は入ってこないので、受益者負担で運営する事業/病院でいうところの自由診療)」等のサービスデザインの工夫で乗り越えられるとベターなのだが、そう簡単ではない。初期メンバーは、収益ありきで考えていないことも多く、制度外のサービスも安くしてあげたい、となりがちである。しかし、これをやってしまうと、後発メンバーの理解は得られない。

3 残された選択肢

かくして、かくして初期メンバーと後発メンバーの法人経営の在り方に関する認識ギャップが埋められないものになっていきがちである。
すると、選ばざるを得ない選択肢は、次の3つであろう。
①初期メンバーの志に力点をおく。非営利組織の魂を守り、それに共感してくれる職員と共に事業を継続させる(後発メンバーの離脱も覚悟)。この場合、事業拡大は緩やかになりがち。
②後発メンバーの気持ちに力点をおく。およそ営利組織、企業化に向けた方向に舵を切る。収益性を高める方向性となるため、事業規模拡大も期待できるが、初期メンバーの離脱も想定されるため、組織的なガバナンス力が維持するのが難しくなりがち。
③初期メンバーと後発メンバーで会社をわける。別々の経営方針をもつ法人に分割することで、経営方針と事業内容があわせやすくなる。これが現実的な選択肢になりがち。

4 NPO経営と行政との向き合い方

かくして「事業化の崖」を目の前にして、組織が変わるか、人が変わるか、あるいは分かれるか、という判断を求められることとなる。
このようなわけで「私たちは、このまま行政の都合のいい下請けでいいのか」とか「そうはいってもお金をくれる行政の言い分も大事にしないと」とか「行政の財源は税金。税金は市民の血税。どこに向かって仕事をしているのか!」など、血みどろの戦いがNPO内部で起こりがちであるが、こうしたトラブルは、おそらく公民連携を担う主体(パブリックマインドを持つ市民組織あるいは企業、事業者)でも起こりうるだろう。そうした場面のヒントになれば幸いである。

※写真は、Unsplashtrailが撮影した写真。iStockより。

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