戯曲『おだやか』

おだやか

登場人物

松田(37)…番組制作班
小野(28)…番組制作班
荒垣(27)…番組制作班
野本(25)…番組制作班
大岡(25)…番組制作班
池田の母…池田セメントの社長の妻
池田…池田セメントの社長の息子
通行人A
通行人B
通行人C
通行人D…主婦
通行人E
通行人F
通行人G…若い女
アナウンサー

◯松田宅・リビング(早朝)

電話で話す松田。

松田「あ、もしもし、はい、あ、おはようございますいつもお世話になっております、はい、はい、……え? はい、え、今日ですか? 今日の四時五十五分? いや、そんなん出来る訳……はい、月金……はい、はい、わーっかりましたー、じゃああの、追ってご連絡させて頂きますので、はい、失礼しますー」

◯テレビ局・会議室(朝)

ホワイトボードの前に立つ松田と座っている小野、荒垣、野本、大岡。

松田「皆おはよう、今日は急に集まってもらってすまない。皆も今朝の報道で知っている通り我々県民には夕方の五分番組『顔パスパラダイス』の『顔パッサー池田』としてもお馴染みのタレント、池田宏隆さんが昨日、そこの目の前の通りで覚せい剤取締法違反カッコ所持カッコトジ゙の疑いで現行犯逮捕された。もうホントにすぐそこの、我々が出社する時に必ず通る所だ。で、池田さんが急に番組に出られなくなった。彼がいつまた我々の前に姿を見せる事ができるようになるのか私にも分からない。そこで急遽、『顔パスパラダイス』に代わる新番組を我々で製作、放送する事が決定した。枠は前番組と一緒で毎週月曜日から金曜日の週五で放送される五分番組。初回は本日四時五十五分から。では今すぐ製作に取りかかってください。以上です」

小野「ちょっと待って下さい今日からですか!?」

松田「そう。我々は今から番組の内容を決定し、上の承認を貰い、映像を撮影し、それを編集しなければならない」

荒垣「本日四時五十五分って、あと八時間しか無いじゃないっすか」

野本「とりあえず代役を立てて『顔パスパラダイス』を撮るって訳にはいかないんですか?」

松田「『顔パスパラダイス』が毎回簡単に色んな所に取材に行けたのは池田さんがこの町の収入を支える『池田セメント』の社長の息子であるが故に持つ権力を使ってタイトル通り顔パスで様々な企業や工場に入れたからなのは皆も知ってるだろう。代役は立てられない」

大岡「ではこの局の過去の番組から何か使えそうな映像を流すとかっていうのは」

松田「この局の五分番組はこの局ができてから二十年間ずっと『顔パスパラダイス』だけだった。それ以外の番組なんてのはこの辺の祭りとか交通安全イベントの様子の紹介みたいなしょうもないのばっかで流用できそうな映像なんか一切無いのも皆知ってるだろう」

荒垣「じゃあ通販番組とかなら……あっ」

松田「そうだ、この局で流れる通販の商品は全て池田セメントの金で作られ、池田セメントが販売しているものだ。セメントはもちろん、池田青汁やら英会話教材・IKEDA ENGLISHやら、何から何まで池田印なんだ。今はあの手の通販番組も流せない」

野本「じゃあせめて今日だけでも『しばらくお待ちください』を流して一日分時間を稼ぐって事は」

松田「それは検討したが駄目だった。池田さんが捕まった時間も良くなかった。これが放送直前だったら諦めて『しばらくお待ちください』を流していただろうが、昨日、日曜の夕方に捕まって上に連絡が言ったのがその日の夜、そこから今日の十七時まででギリギリイケると上は判断したらしく、こっちが無理だと言っても聞かなかった。無茶を言ってるのは分かってるが五分間も『しばらくお待ちください』を流して放送事故紛いの事態になるのは可能な限り避けるべきだというのは尤もな話で……」

小野「そんなのこんな無茶苦茶な依頼断れなかった松田さんが悪いじゃないですか」

松田「この仕事が成功したらここにいる全員の給料が一年間一・五倍になるそうだ」

小野・荒垣・野本・大岡「よし、やろう」

松田「では番組の内容について案を出していってくれ」

大岡「前番組が企業を訪ねて話を聞いていく番組だったんで、一つグレードを落としてその辺の町行く人に話を聞いていくというのは」

松田「その話題は?」

大岡「そうですね、地方局なんで、『この地域の好きな所は?』とかでいいんじゃないすか」

松田「なるほど……誰か他に何か? ……じゃあ決まりで良いか。巻きで行くから企画書とかの段取りは全部すっ飛ばして撮影組は今言ったテーマでその辺の人にインタビューしてこい。編集組はタイトル映像の製作。はい、はじめ」

小野「荒垣、カメラの準備」

荒垣「はい」

野本「大岡、俺がタイトル作っとくからお前はナレーション用に暇そうなアナウンサー探してこい」

大岡「分かりました」

◯テレビ画面内・タイトル映像

安っぽいCGで「私の地元愛」の文字。

アナウンサー(N)「『私の地元愛』。今日から始まったこの番組では、町の皆さんの『私の地元のここが好き!』という声をお届けします」

◯同・牧之宮市駅前

小野「すいませーんYTVの者なんですけどもぉ」

通行人A「あ、はい」

小野「突然なんですけどもぉこの町の魅力っていうのはどういう所だと思いますか?」

通行人A「ここの魅力?ですか? ……そうですね……ごめんなさいちょっと思い付かないです」

小野「そうですかぁりがとうございましたぁ」

◯同・牧之宮市郊外

小野「すいませ~んYTVですけどもぉ地元の方ですかぁ?」

通行人B「え、ああ、そうですが」

小野「今でもここで暮らしてる理由っていうのは何ですか?」

通行人B「本当はこんな糞みたいな所一刻も早く出ていきたいんですけどね、両親の介護しなきゃなんで…」

小野「ああ、そうですか、すいません、ありがとうございました」

アナウンサー(N)「今日も町の皆さんの地元愛溢れるお話が聞けました。明日はどんな人と逢えるかなぁ…」

◯テレビ局・会議室(夕方)

「私の地元愛」を見終わった制作班の五人。

松田「なにこれ」

小野「すいません、誰にインタビューしてもこんな調子で……」

大岡「どうします、内容変えます?」

松田「いや、まだ第一回だし、あと一日同じテーマでインタビューして、今日と変わらなかったらその時考えよう。今日は番組制作決定から企画立案、撮影、編集まで全部一日でやったから時間もなかったしな」

◯テレビ画面内・タイトル映像

安っぽいCGで「私の地元愛」の文字。

アナウンサー(N)「『私の地元愛』。この番組では、町の皆さんの『私の地元のここが好き!』という声をお届けします」

「この番組では」の「こ」の最初が不自然に途切れており、前日放送した初回のナレーションを「今日から始まった」という部分をカットして使い回しているのが伺える。

◯同・牧之宮市駅前

小野「すいませーんYTVの者なんですけどもぉ」

通行人C「あ、昨日観ましたよこのテレビ」

小野「あ、ありがとうございます」

通行人C「あの、前の番組が終わってセーセーしてんですよ。頑張って下さいね」

小野「ありがとうございます。で、あの、昨日ご覧になられたならお分かりだと思うんですけども、この町の魅力っていうのを聞いて回ってまして……」

通行人C「あ、ごめんなさい、それは無いです」

小野「あ、そうですか……ありがとうございました……」

◯同・牧之宮市ビル街

小野「あの、すいません」

通行人D「何よ」

小野「YTVの者なんですけどもぉ、今この辺でこの地域の魅力っていうのを……」

通行人D「あぁ、昨日始まったやつね、見たわよ」

小野「本当ですか、ありが……」

通行人D「あんたねぇ、この町の良い所なんて誰に聞いても出て来る訳無いの分かってるでしょう。あんな、コンクリート屋のジジイが町中の企業牛耳っててあそこが出した金が無いと誰も生活すらできないような所で。しかもあのコンクリート屋の息子の方もアホンダラでおたくの局の放送枠を金で買って週五で自分がテレビに出るのを二十年も続けたのはイカれてると思うわ。ヤクで捕まったのは本当に案の定って感じたよねー。てかアンタら、あの局の人でしょ? あんなテレビずっと作ってておかしいとか思わなかったの?あんな、あのアホンダラのガキが色んな企業に勝手に入って茶々入れるようなテレビさー。前にうちの旦那の所にも来て「ヤー小さい会社ながらも社員一同頑張ってらっしゃるんですねぇ」とか「池田セメントと一緒にこの町の発展に尽くしていきましょうね!」とか色々抜かして帰ってったわ。旦那が見てなかったら殺してたわ。で、えー、何だっけ? あー、この地域の魅力?だからンなモン無ェって」

小野「どうもありがとうございましたー」

アナウンサー(N)「今日も町の皆さんの地元愛溢れるお話が聞けました。明日はどんな人と逢えるかなぁ……」

◯テレビ局・会議室(夕方)

「私の地元愛」を見終わった制作班の五人。

松田「酷いなこりゃ。よく放送出来たな」

小野「申し訳ございません。もっと時間があっていろんな人にインタビューできてれば……」

松田「いやあ、誰に聞いても返ってくる答えは同じだろうけどなぁ」

野本「だって全部本当の事ですしね」

荒垣「こっちだっておかしいとは思ってんだよ、金出してるから何も言えないだけなのちょっと考えたら分かんだろがあのババア……」

大岡「明日、どうします」

松田「やっぱりこれ以上このテーマで続けるのは難しいな……」

野本「いっその事町の良い所じゃなくて悪い所を聞いて回ったら」

松田「……それで行こう」

◯テレビ画面内・タイトル映像

安っぽいCGで「私の地元の突っ込みドコロ!」の文字。「私の地元」と「の突っ込みドコロ!」の文字のデザインが大きく異なり、「の突っ込みドコロ!」の取って付けた感が際立っている。

アナウンサー(N)「『私の地元の突っ込みドコロ!』。今日から始まったこの番組では、町の皆さんの『私の地元のここがヘン!』という声をお届けします」

◯同・テレビ局前歩道

小野「あのォすみませーんYTVの者なんですがあ」

通行人E「あーあの番組ですかあ……ごめんなさい何も思い付かな」

小野「ちょっと待って下さい! 違うんです、今日は違うんです。あのですね、今日からテーマを変えまして」

通行人E「何ですか」

小野「あなたの町のここが嫌いっていう……」

通行人E「あー! それならですね! えーと、まず工業ばっかで空気が汚いっすよね、だから食い物もマズいし、名産品とか観光名所も無いからソッチ方面の金が全然入ってこないじゃないすか。だから余計に工業で稼ごうってなって労働時間が増えて……それでも町の収入の大半は池田セメントだからあそこの言う事はなんでも聞かなきゃいけないし……おたくらもついこの間までそうだったでしょ? あの顔パッサー池田? だっけ? でもすぐ金払って釈放されんでしょどうせ。まあ何だ、何が言いたいかって言うとこの町は最悪だって事ですわ」

小野「なるほど!ありがとうございましたー」

アナウンサー(N)「今日も町の皆さんの愛あるツッコミの声が聞けました。明日はどんな人と逢えるかなぁ…」

◯テレビ局・会議室(夕方)

「私の地元の突っ込みドコロ!」を見終わった制作班の五人。

松田「これは……」

荒垣「凄いですよコレ!」

松田「何、どうした」

荒垣「インターネット掲示板や各種SNSが異常に盛り上がってます! 地方のしかも五分枠番組でこれは考えられません!」

松田「それちょっとマズいんじゃないの?」

小野「何言ってるんですか! 自分達が正しいと思った事が主張されて、それにこれだけの反響があったんですよ、このテーマで続けましょう!」

松田「ああ、うん……」

小野「町の人もあれだけ食い気味に答えてくれるならもっとたくさんインタビューして何回分かストック作っときましょうよ。明日は松田さんも外出てインタビューして下さいね、どうせ。僕らが外出てる間そこ座ってボーッとしてんでしょ?」

松田「何て事を言うんだ」

◯住宅街

簡素なカメラとマイクを持ち一人通行人を探す松田。

松田「ハー、俺インタビューとかやった事ねーから勝手がわかんねーんだよなー、現場にあんま居なかったから……あっ」

池田の母を見つけ近寄る松田。

松田「あのー、すいません」

池田の母「何ですか」

松田「YTVなんですが、いまお話聞かせてもらっても大丈夫ですか」

池田の母「はい」

松田「今『この町の嫌いな所』っていうのを聞いて回ってるんですが、何かありますか」

池田の母「ここの人間の性格ですかね」

松田「と言いますと?」

池田の母「うちの息子がね、二十年くらい一つの仕事やって、それなりに楽しく、頑張ってやってたんですよ」

松田「ええ」

池田の母「それがね、一つある失敗をした途端一斉に周りから見捨てられて……今では息子は完全な悪人のように扱われているんです……」

松田「なるほど、それは確かにこの町を嫌いになる理由になるかも知れませんね……ちなみにもし聞けたらなんですけど、息子さんがした失敗っていうのは……?」

池田の母「あの……、手を出してはいけない物って言ったら良いんでしょうか……それに手を出してしまって……」

松田「あー、覚せい剤ね? いやそりゃ宏隆、じゃない、息子さんが悪いっしょ」

池田の母「いや、でも! でも! あの子は仕事でストレスを抱えてて……」

松田「今仕事楽しく頑張ってたって言ってたじゃないか」

池田の母「いや、でも! あの子父親のコネで仕事やってたんですけど、あの人が肝臓壊して入院して、医者にもう長くないって言われた時、もうコネ無しじゃ仕事ができないかも知れないってストレスで……」

松田「だからそれはコネで仕事してたのが悪いんじゃん。多分だよ? 多分だけどさ、お前の息子元から嫌われてたんじゃね? ほんでさ、そうやって親のコネで仕事やってテレビ出て権力ひけらかすような事してさ、元から反感買ってた所に薬やって捕まったからそれ見た事かってなってんじゃないの? 今」

池田の母「もう分かりましたやめてください、私はもう今までみたいな生活なんて望んでない、普通に暮らしたいんです。でも会社の周りの人達がそれを許してくれない、あの人の跡を息子に継がせようと……あの子は心の弱い子だから……」

松田「……あれ以降息子さんには会われました?」

池田の母「はい、一度」

松田「何話しました?」

池田の母「親として何もしてやれなくて申し訳ない、これからお父さんに頼らないで生きていく方法を一緒に考えていこう、と」

松田「それで良いと思います」

池田の母「あの……」

松田「何ですか」

池田の母「これって放送されるんですよね」

松田「しないですよ、大丈夫です」

池田の母「ありがとうございます」

松田「では」

松田、頭を下げ、携帯を取り出し小野に電話。歩きながら話す。

松田「あ、もしもし、あのさ、この辺人居なくて素材集まんないからさ、そっちで撮ったやつだけで今日の放送分は作ってくんないかな、そう、今日は居なかったの今日は。申し訳ない。よろしくー。え? 何て事を言うんだ」

◯テレビ画面内・タイトル映像

前回と同じ「私の地元の突っ込みドコロ!」の文字。

アナウンサー(N)「『私の地元の突っ込みドコロ!』。この番組では、町の皆さんの『私の地元のここがヘン!』という声をお届けします」

「この番組では」の「こ」の最初が不自然に途切れており、前日放送した初回のナレーションを「今日から始まった」という部分をカットして使い回しているのが伺える。

◯同・牧之宮市大通り

小野「すいませーんYTVの『私の地元の突っ込みドコロ!』っていう番組なんですがー」

通行人F「あー! 昨日見ましたよ!」

小野「ありがとうございますー、それで、何かこの町についての不満とかありますかー」

通行人F「それはもうね、市長と池田セメントの癒着って言うんですか、そういったものを、こう、イチ市民として暮らしてるととても強く感じるんですよね。もうね、親が老人ホームにさえ入ってなければその金で今すぐここを出たいです」

小野「なるほどー。ありがとうございましたー」

◯テレビ画面内・テレビ局前歩道

小野「すいませーんYTVなんですけども」

通行人G「あ! あれですか、あの、突っ込みドコロってやつ!」

小野「はい、そうですそれです。でですね、この町の不満とかって……」

通行人G「あー、この辺って何か臭くないっすかいつも。あのーコンクリート屋? でしたっけ? からいっつもニオイしてるんすよねぇ……ホント頭痛くなりますよ」

小野「なるほどー。ありがとうございましたー」

アナウンサー(N)「今日も町の皆さんの愛あるツッコミの声が聞けました。明日はどんな人と逢えるかなぁ…」

◯テレビ局・会議室(夕方)

「私の地元の突っ込みドコロ!」を見終わった、大岡以外の制作班の四人。

野本「いやー、今日の放送分はまあ間に合いましたけど、明日以降のストックが撮れなかったのが残念っちゃ残念すね。人居が居なかったって本当ですか?」

松田「ああ、うん、居なかった」

荒垣「今日もインターネット掲示板、各種SNSが凄まじい反応を示してます!」

松田「……それでさ、やっぱり番組の内容もう一回考え直したらどうかって……」

小野「だから松田さん、この町の不正を正せるのは僕達しか居ないんですよ。昨日も放送が終わった後僕の所に上の人が来ましたけど何とか言って追い返してやりましたし、ビビらなくていいんですよ」

荒垣「アッ!」

小野「何、どうした」

荒垣「『番組のご意見・ご感想』宛にメールが来てて、差出人が……」

小野「どれ……灘修造 谷形県牧之宮市長……?」

荒垣「読みます。昨日、十一月十五日四時五十五分から放送された貴テレビ局の番組『私の地元の突っ込みドコロ!』内で、我が市、ならびに我が市の発展に大きく貢献した池田セメント、ならびに我が市の発展に大きく貢献した池田セメント社長のご子息・池田宏隆氏の名誉を深く傷付ける発言があった事に関して、市長の立場から強く抗議すると共に、今後このような放送があった場合、法的措置を検討させて頂きます。谷形県牧之宮市長 灘修造」

野本「当事者でもないのに何言ってんだ市長は、脅しても無駄だっての」

大岡が入ってくる。

大岡「あの、またテレビつけて下さい。ここに来る途中にニュース班の連中が『これヤバイだろ』って」

小野、テレビをつける。

◯テレビ画面内・ニュース映像

アナウンサー「牧之宮市の相次ぐ水難事故について、谷形県警は今日、現場の牧之宮海岸の管理者に夜間の警備をつけるよう依頼し、再発防止に努めていく、と発表しました。なお、一昨日十四日に主婦の中田恵子さん、昨日十五日に自営業の吉野敬二さんが、いずれも二十三時ごろに亡くなっています。」

テレビ画面に通行人D、Eの写真と名前と年齢が表示される。

荒垣「これって僕らがインタビューして、池田セメントの悪口を言った人達じゃ……」

大岡「この季節に海が開いてる訳ないのに」

松田「やっぱり、我々は歯向かったらいけないものに歯向かってしまったんだ」

小野「松田さん、ここで逃げたら負けですよ、そんなのは私のジャーナリスト魂が許しません。この事件を追いましょう。今日インタビューした二人には僕が連絡取って家に居るように言っときますから」

松田「なあ」

小野「はい?」

松田「俺仕事辞めるわ」

小野「…分かりました。お元気で。……オイ、荒垣、野本、大岡、明日の取材の準備しておけ、俺は二人に連絡取って、それから海岸に行ってくるから……」

◯テレビ画面内・タイトル映像

CGで「顔パスパラダイス」の文字。

池田(N)「顔パスパラダイス!」

◯同・アパート前

池田「どうも、顔パッサー池田こと、池田宏隆です。さ、始まりました『顔パスパラダイス』なんですが、最初に、えー、皆様、この度は申し訳ございませんでした。番組をお休みしている二ヶ月の間、たくさんの方々からお手紙を頂いたり、声をかけて頂いたりして、とても励まされました。これからも頑張っていきますので応援よろしくお願いします。さ!今日なんですが、この場合今までこの牧之宮市の色んな企業とか、工事とかのお話伺ってきましたけど、もう行ってない所がない、っていう風に一向にならないのはこういう所がまだまだあるからなんだなあ、っていう、そういう企業です。えー、こちらですね」

背後のアパートに向かう池田。

◯同・玄関

インターホンを押す池田。

池田「すいませーんYTVの者ですけどもちょっとお話聞かせてもらっても良いですか?」

荒垣(声)「……はい」

池田「さぁ、一体どんな方が出てくるんでしょうか、アッ来ましたね」

玄関から出てくる荒垣。

池田「あ、どうもー!」

荒垣「……はい」

池田「あの、YTVの顔パスパラダイスですけども」

荒垣「……はい」

池田「ちょっとお話聞かせてもらってもよろしいですか?」

荒垣「……はい」

池田「ありがとうございます! では早速会社名をお願いします」

荒垣「えー、株式会社YTMです」

池田「ここはどういった事をしてる会社なんですか?」

荒垣「あのー、主に映像の制作とか」

池田「あ、案内してもらいながらでいいですか?」

荒垣が池田を中に入れる。

◯同・アパートの一室

池田「で、何ですか?」

荒垣「はい?」

池田「何されてるんでしたっけ?」

荒垣「ああ、あの、映像の制作をしたり、あとは下請けとして、依頼されたものを作ったりとか、まあ、そういう事をしてます」

池田「あー、要するに、何か、映像作ってるんすね?」

荒垣「はい。で、ここが作業場です」

池田「あー、え? ここですか?」

荒垣「はい」

池田「小さくないすか? アハハ……え、ここって何人でやってるんですか」

荒垣「僕含めて三人ですね」

池田「三人!? え、会社って三人でできるもんなんすか? それで成り立ってるんですか?」

荒垣「まあ何とか」

池田「はぁーそうですか……そうですね、じゃあYTMさんには池田セメントのプロモーションビデオでも今度作ってもらいましょうかね、さ、という事で今回の顔パスパラダイスはとっても小規模、株式会社YTMさんからお送りしましたーありがとうございましたー」

◯マンションの一室

先程までのテレビと同じ部屋。奥から野本と大岡が顔を出す。

大岡「もう行きました?」

荒垣「ああ……お前らが応対嫌がるから俺が一人でやんなきゃいけなかったじゃんか」

野本「前にここでこんな会社やってたら池田が復帰したらすぐ来んじゃないっすかって言ったら大丈夫だ俺が一人であしらってやるからって言ってたじゃないっすか」

荒垣「…」

大岡「何でそうまでしてこの町に居続けるんですか、小野さんが亡くなった時、もうこれ以上深入りしたらダメだって僕言ったのに、小野さんのジャーナリスト魂は俺が受け継ぐとか訳分かんない事言って、身を隠すためにこんな偽の会社まで作って……」

荒垣「俺は絶対に諦めない。今はここで身を潜めて機を伺ってるんだっつの。いつか必ず池田セメントを潰してやるんだ。それにこれは偽の会社なんかじゃない。ちゃんと仕事は受け付けてるんだし、それをやる技術も俺らはもってるんだから、仕事が来たら受ければ良いんだよ」

固定電話が鳴り、荒垣が出る。

荒垣「はい、株式会社YTMです。映像製作のご依頼ですか? ……はい、いえ、体はどこも悪くないんで青汁はいらないです」

電話を切る。また鳴り、荒垣が出る。

荒垣「はい、株式会社YTMです。映像製作のご依頼ですか? ……はい、いえ、英語は別に喋れなくていいです」

電話を切る。また鳴り、荒垣が出る。

荒垣「はい、株式会社YTMです。映像製作のご依頼ですか? ……はい、いえ、家建てないんでセメントはいらないです」

(終)

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